#74 Article 18216 Posted at 2000/09/30 20:09:37 by Nekojira! (MAP6997) [AIR]
Subject: Re:*14 AIR。オール・コンプリート。 /18215 ..... /18198 /18197
>むにゅ、人は慣れて行くものですね。 >解釈を付けて納めてしまうことに慣れてきている(笑) >key の敵は熱狂的なファンなのかもしれない。 思うのですが、Keyの描いているものって、ある意味「宗教」的なものに 近づきつつある、という感じがするのですが、いかがでしょうかね?(^_^; つまり、AIRは物語というより「儀式」に近いような存在、という感じで。 この「儀式」を通して、Keyの「思い」をユーザーに「体験」してもらう、 具体的には「心が痛む」ことは、実際にユーザーに「心を痛めてもらって、 その存在を知ってもらう」という意図などが、この作品の本質なのではないか? という気がしてきました。 オイラが感じた「違和感」というのは、AIRを「物語」として見たときの、 ある意味「合理的ではない(ご都合主義(^^;ではない)展開」に対しての 拒絶反応だったのかもしれません。 AIRという作品にはKeyのメンバーの思いと同じ「等身大の世界」が 広がっていて、KeyはAIRの世界の「神様」ではなくて、だから 「神の視点」という存在が無い世界。 だから、「神のお告げ(^^;」を求めてAIRの世界をさ迷い歩く行為自体には 意味はないのかもしれませんね。 「答え」を求めたところで「答えを返してくれる存在はいない」という感じで。 そこは、まるちさんのいう「大事なのは解釈することではなくて、考え続ける こと」なのかもしれませんね(^-^; ただ、この「思考モード」を維持するのは大変なような気もしますが(^^;;; しかし、AIRの中で美凪が言っている「辿り着きたい場所」って 見つけられるものなのでしょうか?(^_^; 確かに現実としては「動き続ける(生き続ける)」ことが本質なのでしょうが、 物語としては「媒体」としての役割もあるはずで「動いてる」ものをあえて そこに「留めて」、そしてそれを「見せる」という役割もあるような気がする。 #それを「伝える」と言い換えても良いと思いますが。 つまり人の「感情」は動き続けるけども、時にはそれを「言葉」として 「留めて」いかないと、「感情」そのものの存在が危うくなる。 「言葉」を使う、という行為が「感情」がある、という証にもつながるし、 「言葉」があるからこそ「感情」が育つのだとも思う。 「感情」は動き続けるもので「形が無い」ものだからといって、だから 「言葉」しない、というスタンスでは不十分な気もするのですが。 やはり、Keyはもっと「言葉も(^^;」発するべきだとも思うのですが、 いかがでしょうかね?(^_-ヾ ** Nekojira!** >> E-mail Adress >> neko2@capella.freemail.ne.jp <<