#7 Article 734 Posted at 1989/06/28 21:55:44 by 根本 剛志 (MAP1144) [URUSEI]
Subject: 完全私的LTF論暫定版
LTF・・・それはBDとは全く違った作品であることを、この作品を知らない方に
断っておかねばなるまい(当然だが・・・)。
BDとの決定的な違いは、監督の思想にある。
BDとは、人間の持つ極めて抽象的な「夢」と言う人間の古来より持つ欲望の映像化
として見ることが出来る(と、私は推測する)。
しかるにLTFは、BDよりも遥にドロドロした極めて醜い人間の醜態の1つである
怨み・妬みに代表される「感情」であると私は思う。
(悪までこれは私、根本の1論評でしかないこともお断りしておく。こういう見方も
あるんです!と、言うこと)
私はこの作品中で「ラム」の存在が消されたことは‘必然!’と考えている。消され
るのはラムでなければ意味がない! そう思っている。それは、この作品中に出てくる
劇中劇「鬼姫伝説」がある意味で「ウラのLTF」であり、この作品をLTFにより描
き上げてこそ、LTFは完全なる作品として完成するのだと私は考えている。
それは何故か? 不思議に思う方もいらしゃると思うが、LTFと「鬼姫伝説」との
繋がりは史実で繋がっている、と私は考えているからである(当然とは思うが)。
LTFがうる星やつら作品中で最も異色であったのは、この作品! 究極のところは
「るーみっく・わーるど」からは完全に移脱した作品と考えられなくはないのである。
つまり・・・
< 通常るーみっく作品 >
アニメうる星やつら
|||
うる星やつら
|||||
るーみっく・わーるど (この場合、下位程作品的に上位!)
・・・で、あると思うのだが・・・・・・
< ラム・ザ・フォーエバー >
ラム・ザ・フォーエバー
┃ |||
(あくまで作品としての┣ 鬼 姫 伝 説
繋がりを表す) ┃ ///////(史実的な根拠はない・・・と言う意味)
┗━━うる星やつら
|||
るーみっく・わーるど
・・・だと考えるからだ。
つまり、LTFとは脚本の‘やまざき・井上’両氏による「ファンの ファンによる
ファンの為のうる星!」であり、「夢」と言う漠然とした観念を元に組み立てられ、監督
の世界(作品、それとも思想)観で制作されたBDとは一線を隔する、言ってしまえば、
極めて同人誌的な発想の作品と言えるのではないだろうか?
だからそれがいけないとは、私は思わない。
それだけ、うる星自体の奥が深い為に可能であった映画ではないかと思う。
・・・が、たかだかその程度な作品ではなかった事は、この映画を観ていただければ、
お分かりだろう。実にこの作品、登場キャラクターの性格を良く捉えている。この件につ
いては、赤間さん達のアーティクルをお読みになる事をお勧めする。もちろん、お読みに
なっていなければの話だが・・・
まあ、私がここでこれ以上書き込んでも、メモリーを無駄に消耗するだけと思いますの
で、もうそろそろ私なりの結論モドキを・・・(結論でないのは、まだまだ答えは見付け
ていないからです・・・なさけない・・・)
・・・・・・
「LTFとは、あるうる星ファンがあの時期、自分のうる星に対する思いをうる星やつら
そのものに向けて、自分に、そしてファンに問い直してみた作品」
そんな作品だったのではないかと、考えてみたりしています。
だから、こう言っては何ですが、高橋先生にはある意味では完全に自分の世界から移脱
したその作品に、本当の理解を求めることは無駄ではないかとも、私は思います。
事実、先生は当時こんな事をある所で言っております(注 うる覚えですので、違うか
も知れません。ご了承下さい)。
「・・・可否はともかくとして、後に残る作品になったと思います・・・」
すでにこの時点で、このLTFは完全に原作者から嫌われているのが、お分かりになる
でしょう。ですがある意味では、この作品のキャラクター達の性格がアニメうる星として
極めて完成度の高い作品になっていた事への口惜しさからだったのかも知れませんが。
まあ、何はともあれ、監督‘やまざきかずお’さんが言っておられますように
「その人なりの‘ラム・ザ・フォーエバー’を見付けて下さればいい」
と、言っておられますし・・・ 私はこれからも、自分なりのLTFを見付けて行こう
と考えています。
以上(思った事の1割も書き込んでいないと感じているが。たとえばこの作品、多重性
があるとか・・・)これにて根本の‘独断と偏見’によるLTFの感想を終わらせていた
だきます。
根本 剛志(MAP1144)
TN'89.06.28.Wed
PS・・・書き忘れましたけど、結局は‘街の記憶(=うる星ファン)’の観る
夢の物語(映画)でしか、ないんですけどね(冷めた言い方をすれば)。
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