#7 Article 691 Posted at 1989/06/02 22:23:37 by 赤間 信幸 (MAP641) [MOMO]

Subject: 「ミンキーモモ」

「ミンキーモモ」 独断と偏見に満ちた私的魔法少女論    赤間信幸

注:名称はArticle 313 に合わせるためにつけたものです。
  特に深い意味はありませんので・・・・・

 ミンキーモモ、最近見ていてやっぱり面白いなと思います。
 最初、ミンキーモモを見て「何だこりゃ?」などと思い、「ミンキーモモ、デビ
ュー!!」を見て絶句したのは言うまでもありません。
 さて、私の知っている範囲でミンキーモモを語ってみたいと思います。

 まず、みなさんも御存知の通り、モモとは地球の人達が夢を忘れてしまったため
に地上から離れることとなったフェナリナーサを地球に戻すために人達に夢を与え
るという使命を持って地上に舞い下りたフェナリナーサの御姫様でした。こんなこ
とは言うまでもないことですが、この設定というのは、作品の一番初めに語られて
いるわけではありません。まず、これが、ミンキーモモを特殊なアニメとした一つ
の理由でしょう。
 マミでもエミでもユーミでも(ペルシャは忘れちゃいました)、その魔法が与え
られるのはすべて作品の頭でした。ところが、ミンキーモモは突如として「ミンキ
ーモモ、デビュー!!」から始まり、訳の解らぬまま地上の生活の第一日目が終る
わけです。
 ここで、私達は、設定の分からない状態で作品に突入していくことになります。

 私達のように腰を据えてミンキーモモを見る人にとってはこれはどうということ
のないものです。が、逆に、チラッと見る人にとっては「何だこりゃ?」のレベル
を越えるのが非常に難しいです。ですから、ミンキーモモはある意味で完成度は高
いのですが、ある意味では非常につまらない作品であったということが出来るかも
しれません。

 次に、これはマジカルシリーズ全般に言えることですが、作品の言わんとしてい
ることが、一部非常に難しいことです。
 「いつか王子様が」、この作品はモモの心情の変化が主なるストーリーですが、
この心情変化というものが18才のミンキーモモと、12才のモモの2つの媒介を
通して語られるため、小学生などには非常に難解なストーリーとなっているのは動
かざる事実でしょう。
 このような状況が、ミンキーモモという作品を「大人のアニメ」たらしめる原因
を作ったと言えます。

 さらにつっこんで書きます。

 ミンキーモモ(18才)は、モモ(12才)にとってどういう存在だったでしょ
うか?
 エミが舞ちゃんの「夢」であったのと同じく、12才のモモにとっての限りない
可能性を秘めた「未来」の具象化、これがミンキーモモであったと言えます。事実、
モモは舞ちゃんなどとは違って、いろいろな大人に変身することが出来ました。
 モモが設定されている12才という年齢、この時期が実際、現実性を一切無視し、
自分の都合と夢だけで自分の未来というものに胸をときめかせるのです。だから、
時にはとんでもない変身をすることもありました。

 ところが、「魔法の消えた日」の事実により、モモは現実に目を向けて生きてい
かなければならなくなった。さらには、「夢のフェナリナーサ」でのモモの死によ
って、モモはそのとたん、自分の無数の未来を一瞬にして失うことになります。
 モモにとって魔法とはどんなものだったのでしょう? 魔法を使うことにより、
自分のあらゆる未来のうちの一つを具象化するのですから、モモにとっての魔法の
ウェイトはかなり大きいものであることは間違いありません。

 しかし、モモは「夢のフェナリナーサ」でこう語ります。
 「私は私の夢を見たいわ。
  夢の国の私の夢じゃなくて、本当の私の本当の私の夢・・・・・」

 ここで、モモは夢というもののありかたを理解しています。(一見自分勝手のよ
うに見えるセリフではありますが、)このセリフですべてが分かるでしょう。
 モモは夢というのは、その本人が作って見るものであって、他人が作るべきもの
だということを理解し、ここで一歩「大人」へ成長するのです。

 だから、この作品、「夢のフェナリナーサ」、大きく言えばミンキーモモは、今
現在になっても、私達に大きな難問を提示しているのです。

							MAP641 赤間