#7 Article 406 Posted at 1988/12/28 21:41:05 by DATTYA (MAP519) [URUSEI]

Subject: Re: Re: Re: ホントにうるさいうる星のアーティクル3 /405 /404 /391

で、結論です。

結局、完結篇の悪い部分すべてが、あのストーリーに帰着するようです。あれを映
画として実現するには、「じめじめした暗い」雰囲気にもっていく必要があり、キ
ャラも音楽もその雰囲気からでしゃばってはいけないわけです。どうころんだって
あの原作は「そのまま」映画化すべきではなかったと思います。

さて、完結編ができるまでのプロセスを簡単に説明します。
LTFの初号試写の後、スタッフミーティングが開かれました。本来ならば、パー
ト4の完成を喜びパート5製作の確約を取る場であったのですが、いざLTFの蓋
を開けるととんでもないものだった訳です。このとき落合さんは「まともに留美子
先生の顔をみることが出来なかった」そうです。(留美子先生も後で、「解らない
うる星はもう観たくありません」とLTFを批判しています。)企画の立場にいる
方が原作者のご機嫌とりになってしまうのはある意味では仕方の無いことですが、
以降落合さんは原作サイドの承諾無しに独自にパート5の企画を進めることになり
ます。そうして、監督高橋資祐、脚本金春智子の3人で水面下で作業が進み、脚本
(オリジナルストーリー)がまとまった時点でようやく小学館から映画化の許可が
おりました。ところがちょうど同じ時期原作でBMGが始まり、落合さんは「こっ
ちの方がいい」と1年がかりで用意した企画をあっさり捨てて走ってしまったので
した。

出崎監督は「テレビや劇場で見たうる星と(原作とは)あまりにも印象が違う」と
いうような発言をしていますが、メディアが異なれば表現方法が変わってくるのは
当り前のことですし、そもそも原作は高橋留美子先生の「個人」の世界であるのに
対し、アニメーションは複数のスタッフによる共同作業、個性のぶつかりあいです。
TVアニメでは原作の大胆なリメークやオリジナルストーリーが登場しましたが、
それはTVアニメが単なるコミックのコピーで無いこと、うる星には原作を越えた
さまざまな可能性を持っていることを示しているわけです。

完結篇から得たたった一つの収穫は、うる星では非常につまらない作品もまた作る
ことができるという可能性の広さを再確認したことでした。