#6 Article 842 Posted at 1990/02/20 19:27:35 by あかねちゃん (MAP641) [RANMA]

Subject: Re: Re: Re: るーみっくアニメって? /841 /828 /822

#829~831(MATUさん)へ

 もちろん、一般大衆に面白いと思われるのはいいことですし、実際に面白いと思われ
ているのも事実だと思います。しかし、不完全な形であるのに面白いと思われていると
いうことが、私にとっては非常に残念です。私のらんまへの思い入れというのもあるの
でしょうが、それ以前に高橋さんへの絶望感も少なからずあるのです。
 それと、「初期の頃はいままでの漫画のからをうちやぶっていこうとする意欲が感じ
られた」というわけではないんですが・・・・・はっきり言い換えましょう。
 「初期の頃のうる星を描いていた高橋さんが、一番漫画に対する態度が良かった」
 こう言いたかったんです。(具体例はボードには書きたくありませんので。)
 ところで、MATUさんはアーティクルをオンラインでお書きになっていらっしゃるよう
ですが、1文を途中で区切っていただけないでしょうか? というのは、一部の機種で
は255文字を越える文が出てくるとエラーが起きてしまうのです。出来ましたら宜し
くお願いします。

#832(某高物理部員さん)へ

>本末転倒というか、私の個人的な考えで恐縮なんですけど、完成度が高いとか低いと
>か言う前に「うる星やつら」の母は高橋先生であるという、絶対的なものがあるんで
>すよ。所詮は原作者以外の人によって作られたもの。それは原作じゃないし、まして
>、原作と同じ地平に置くなど私は理解致しかねますね。
 確かにうる星の母(注:ウルトラの母ではない)は高橋先生です。しかし、作品を作
ることを通して、高橋さんの作品を批評することは可能でしょう。作品を作ることで、
原作者の作品の存在そのものを否定しているわけではありません。私とて、ボーイミー
ツガールをうる星として認めていないのではないのです。うる星の作品を作ることの否
定は評論の否定につながり、さらに突き詰めれば批評悪評なしのきれいものの漫画とし
てしか、らんまやうる星を捕らえてはいけないということにも成りかねないのではない
でしょうか?
 それと、割り込みRESですが、
>「めぞん」の単行本の消化スピードを見るにつけ、連載開始から半年強というこの作
>品がその時点でアニメになったらどうなるか?すぐに連載に追い付くじゃないか、と
>そのころの私は考えていたのです。そういうわけで私には、とても作品を愛する者の
>発言(投書)とは思えませんでしたね。
 この意見には反対です。いくつか理由がありますが、まず単行本の消費スピードを遅
らせては、プロットの分量が少なくなってしまいストーリー性の薄いもの(ゴタゴタと
した演出が多くなるだけです)になってしまいます。アニメ作品の完成度を追及するた
めの代償としての単行本の多量の消費はやむをえないものだと思います。漫画の場合の
1ページを何の変更もなくそのままアニメにした場合には1ページは約1分弱の長さに
なります。(実際にコミックとタイムウォッチを使ってやってみるのもいいでしょう。
) 1原作ストーリーに対して1アニメストーリーを作るとすると、単純計算で1ペー
ジ当たり2分でしょう。何だ、たった1分の差じゃないかと思われるかもしれませんが
、この差は大きいのです。というのは、1分を2分に延ばせるページと延ばせないペー
ジがあるからなのです。アクションシーンでデカいコマを2、3コマ取られていたら1
ページが20秒30秒ぐらいにしかならなかったりもするのです。
 それを、原作に追い付くことを恐れて1アニメストーリーに対して1原作ストーリー
しか割り当てず、それによってアニメの方のストーリーの完成度を落とすことの方が、
ずっと作品を愛していないと言われてもおかしくないのではないでしょうか?
 私個人の意見としては、原作に追い付いても構わない、原作を消費し切っても構わな
いから完成度の高い作品を作ってもらいたいのです。いたずらにストーリーを食いつぶ
して完成度の低い作品しか作れない熱闘編は多少頭にきますけれどもね。(それなりに
面白いストーリーもあったので私は黙認していますが。)

#841(根本さん)へ

 なるほど、家族・世界構成から考えれば確かにめぞんと言えなくもなさそうです。
 私がめぞんではないと感じた理由としては、乱馬くんとあかねちゃんの関係に、親の
割り込みがあるという点がまず大きいです。特に、二人の許嫁という関係は親が作り出
したものであり、またあのこじれた関係を作り出したのも親の力が大きいでしょう。め
ぞんの方はそれほど強いわけでもなく、最大の問題は響子さんが未亡人であること。あ
かねちゃんにも東風先生がいないと考えられなくもないですが、存在の価値はかなり違
うでしょう。
 次に、私生活レベルで考えれば、乱馬くんとあかねちゃんをさえぎる人物が存在がま
ったくないこと。九能や良牙、シャンプーは二人が学校など家の外へ出た時になっては
じめて二人に干渉出来るようになるのです。めぞんの場合は私生活レベルから回りに邪
魔されてますから。
 余談ながら勝手に両親が縁談をすすめてしまうのはうる星にもありましたね。(渚の
フィアンセ) もっともこれ自体はらんまがうる星的であるという理由には全くなりま
せんけど。
 スポーツらしいことをしていないかと言うと・・・・・してるんじゃないですか?
 少なくとも、うる星やめぞんよりはしてるでしょう。らんまという作品は、スポーツ
を通して青春の汗をかこう!なんていうものじゃないんですからこの形が、スポーツを
しているという形なのではないかと思います。
 出てくるキャラクターはすべて格闘技が出来る(多分かすみとなびきもそれなりに出
来るんでしょう、「多分」。)のに加えて性格情緒不安定、ということもありませんが
少なくともうる星・めぞんの場合は性格がはっきりしていたのです。つまり、この場合
にはどうするという行動はたった一つしか有り得ないのです。だから、うる星やめぞん
は感性に頼っても書ける、言い換えれば扱いやすい素材なのです。
 ところがらんまは性格自体があやふやなのです。特に、女らんま。現在では性格が固
定化しかけていますが、男が女になってしまったらどのように行動するのか? あかね
ちゃんに対しては使用出来る手段の、女性である高橋さんの性格をそのまま引用するこ
とが出来ないのです。つまり、高橋さんは乱馬とらんまの性格が読み切れていない(根
本さんのご指摘と同じ)のです。(実は、私が、うる星の小説は書けてもらんまの小説
は書けないという理由はここにあります。)
 あかねちゃんのいじらしさとかを見せるシーンを描くことは、高橋さんにとっては何
の苦もないことなのだろうと思います。なぜなら、高橋さんは女性なのですから。うる
星でのあたる、めぞんでの五代は高橋さんの理想の男性として描けばそれで良かったの
です。つまり、作者(高橋さん)はヒロインの立場に立ってその作品の主人公がするだ
ろうという行動をさせればいいし、それに伴うヒロインの行動は、自分がするだろうと
いう行動だったわけです。ところがらんまの場合は、あかねちゃんを自分に当てはめる
ことがまず難しく(不可能ではないでしょうが)、乱馬の行動が読めないのです。
 意見をさらに突っ込みますが、うる星におけるラムにとってのあたる、めぞんにおけ
る響子さんにとっての五代、これらの関係は女>男の方向で見れば、信頼・安心の出来
る人物であり、感情はその上から成り立ちます。それに対し、らんまの場合はあかねち
ゃん>乱馬くんの場合は信頼も安心もないのです。どこの誰だかもはっきりしない男を
突然突き付けられて「お前の許嫁だよ」なんて言われて、その男を急に信頼できようは
ずもないでしょう? その後、シナリオが展開していってもあかねちゃんには乱馬くん
の過去を知ることは出来ないのです。つまりあかねちゃんが乱馬くんを考える時にはど
こかしらの微妙な無気味さと奇妙さが必ずつきまとってしまうのではないでしょうか?
 これを振り切ったと考えるとするなら、あかねちゃんの髪の毛が切れるところでしょ
う。が、これが(全体的な)シナリオの中盤にあるのならいざしらず、2巻の頭に存在
しているわけです。あまりと言えばあまりにも早すぎます。つまり、あかねちゃんも、
高橋さんも、その行動の意味するところに対する心の準備がまるで整っていなかったの
です。ところが、乱馬くんがこの行動の意味するところに気付いてしまったとしたらど
うなるのでしょう? あかねちゃんが髪の毛を切るということは東風先生との決別を意
味していると取れなくもないのですから。しかし、これに対しての答えは高橋さんは作
品中では語っていません。語る必要もないのです。
 何故必要がないのか? それは、乱馬くんの行動をはっきりさせる必要がないからだ
と思います。作品の初期ではあかねちゃんの感情の裏返しが乱馬くんの感情なのですか
ら、最初のまま、「オレだってお断りだ!」と言っていれば乱馬くんの行動については
それで構わないのです。つまり、乱馬くんに限って言えば行動はたった一つ、「男に戻
るんだ!」で済んでしまうことになるのです。
 ところが、こう考えが進むと、乱馬くんの行動基準が「男に戻る」ということに置か
れてしまい、あかねちゃんはどうでもいいことになってらんまの世界が成立しなくなっ
てしまうのです。あたるの行動基準(言葉では表現出来ない)はうる星の世界に十分通
用しえた、かつ、うる星存在のためには必要な行動基準だったのです。
 この矛盾こそが、乱馬の性格が定まらず、らんまという作品を下落させている原因と
なっているのではないでしょうか? いっそのこと、乱馬の行動基準をあかねちゃんに
置いて、男に戻ることを2の次にした方が、作品のイメージは崩れても作品の書きやす
さは数段にアップするのではないでしょうか?(注:そうして欲しいと言っているので
はない)
 この矛盾を解決する時が乱馬が終わる時なのかもしれませんが。

 久し振りに冗談抜きにして長い文章を書いてしまった・・・・・
                        MAP641 あかねちゃん

PS.キーワードを変えました。このアーティクルだとらんまの方が正しいですから。