#43 Article 554 Posted at 1990/12/30 08:32:32 by ISAM (MAP1129) []
Subject: Re:*6 社会派シリーズは是か非か問題 /553 ... /549 /546
元々、「ようこそようこ」自体がかなり社会派なんで、普段どおりやっているのが今 回のテーマに関してもよかったんじゃないのだろうかと思います。 ふろ屋の話とかと、ストーリーの核になる部分は同じなんですよね。 ただ、ふろ屋の回にはふろ屋の精ってのは出てこなかったけど(笑)。 シナリオに関して素人考えで言わせてもらえば、前後にはさまった「クリスマス云々」 という部分が、内容にまったく生かされていません。 前にも書きましたが、時間経過の描写もちょっとルーズでクリスマスの物語という気 がしないです。 趣味で言えば、あの終わりかたでも大地は忽然と消えたほうがいいと思うし、さらに 欲を出すと、物語が都市の中で始まって都市の中でサンタに祈りつつ終わるのでなく、 大地がいなくなった森の中で、雪がちらつく空に向かって、ようこ達がクリスマスソン グかなんかを歌っているところでカメラの視点がぐっと持ち上がっていって、クリスマ スのイルミネーションで昼のように明るい渋谷の街の中にポツんと暗く静かに孤立して いる森の姿が映ったりすると、らしい感じになるんじゃあないでしょうか(などとてき とうなことをいう)。 あと、最後にサンタに祈るのは、やめたほうが良かったと思います。 やっぱりクリスマスもんなんだから、比喩的な意味としてはサンタを出したとすべき で、祈っちゃうと、本編で出たアレはサンタじゃないことになっちゃう(精霊さんに頼 まれたけど、めんどくさいから、サンタさんにおしつけちゃう(笑))。 それから、やっぱりようこはくじらを喰うべきでしょう(笑)。 「ハイ、サキさんクジラはやっぱり美味しいです」 「でもお、賢いっていうし、食べると怖い外人さんに睨まれちゃうし・・・」 「木を植えた男」> 僕は、「木を植えた男」を語る、だかなんだかという本を立ち読みしただけです。 まあ、詳しくは知らないのですが、批判の対象となりうるというのは「木を植えた男 」自身が取った表現方法が必要とする過大な労力から、「木を植えた男」自身がある種 のメタフィクションと化してしまい、物語の力とは無関係な力によって感動を喚起して しまうところだろうと思います。 たしかに、アニメータは木を植えないけれど、あのアニメだと1本1本画材で描いて いっているわけですからね。 そりゃまあ、見れば感動するでしょう。 映像の力でんな。 好き勝手なことを言いまくる ISAM