#22 Article 2660 Posted at 1995/11/25 05:21:39 by HIDE (MAP3950) [WHAT]
Subject: Re:*6 感想 /2656 ... /2626 /2616
大友聖主さんへ
「くいちがってくる」というところからです。
>私は「自分がこんなに真剣になっているのに」とは思わない、ということです。ま
>してや自分の「真剣さを」わかってもらおうなどということはしません。
私と、大友聖主さんの考え方が違うとすれば、確かにこのあたりからですね・・と
いうよりも、もっと隔たりのある、根本的な違いと言えるかもしれません。
自分が何かを主張していて、それに対して、相手が真剣に取り合おうとしない場合
に、憤りを感じたりするということは、特殊な事例ではありません。
例えば、沖縄の米軍基地問題がありますが、沖縄県民の主張に対して、あまり耳を
貸そうとしなかった政府の態度が、沖縄県民の反発を買っていることは現在進行形の
問題です。
あるいは、「みなまた病」「HIV訴訟」などの例を見ても、原告側の、被告の態
度に対する反発は説明するまでもないことでしょう。
この例は、相手が企業や、国家ですから、少し話が違うと思われるかもしれませ
ん。
事実、大友聖主さんの論旨が「私はそのことで相手に怒りを感じられる程、自分に
自信はありません」ということに基づいていることから考えると、少し外れた「例
え」でしょう。その意味では確かに大友聖主さんのおっしゃることは正しいと言えま
すし、私もそのとおりだと理解したいと思います。
しかし「攻撃的な文章」の可・不可を論じることを前提とするならば、前記の例の
ようなことも考え合わせていく必要があると思うのです。
自分、あるいは自分達の「真剣さ」を解ってもらう為に、人は、いろいろな努力を
します。それは、単に「真剣さ」を伝えるばかりでなく、自らを守ることにも直結す
るからです。その行動の一つには「攻撃的」なものもあるでしょう。
ここでもう一つ例を示します。
大友聖主さんはご存じかどうか、わかりませんが「正義は勝つ」というドラマがあ
ります。
その中で、織田裕二扮するところの高岡淳平は、逆向きの月はなぜ描かれたかとい
う真相を知るために、画商の男にこんな質問をしています。
高岡: この絵の月を描いたのは・・辻さん、あなたですね?
画商: そんなことするわけないだろう!
高岡: あなたは以前、ある画家の作品に勝手に手を加えて、訴えられています
ね?
画商: この絵に関しては私は何も手を加えていない!
高岡: それではなぜ月は逆を向いてるんでしょうか?
画商: そりゃ・・
高岡: あなたが描いたからだ! そうですね?
画商: 違う! それは「しょうじ」が俺に当てつけて!
高岡: ・・どういうことですか?
画商: 「しょうじ」がやったんだよ、私なら左向きなんかにしなかったのに。
高岡: つまり、あなたは「しょうじ」氏にむりやり月を描き加えさせたんです
ね?
画商: ああ。
こうして、事の真相が判明することになりますが、この場合、高岡の前半部分は、
明らかに「攻撃」です。相手の一番痛い部分に、意図的な「攻撃」をしかけ、動揺を
誘い、結果として相手はぽろっと本音を漏らしてしまいます。
もし、ここで相手が本音を漏らさなかったら「しょうじ」氏はいわれのない不名誉
を受けることになったかもしれません。
無論、BBSは裁判所ではないから・・という反論もあるでしょう。しかし、相手
の本音も見えないようでは、議論をしても、上辺だけのものになりかねません。
そういったこと、もろもろ全ての事を考え合わせた場合「攻撃的文章」というのは
書いてはいけないものではないと思います。
しかし、それは時として他人の心を傷つける場合があることも確かで、「諸刃の刃」
ということが出来、結果として、自分自身を傷つけることになります。
その覚悟がないならば、それはするべきではないと、言えるかもしれません。
from Hideki K.