#210 Article 14802 Posted at 2000/07/05 06:25:40 by 高木志郎アオ (MAP3887) [MOVIE]
Subject: Re:*14 1978 /14801 ..... /14789 /14787
MMMで新宿のアニメックがつぶれた話題が出ましたが、デパートでアニメの
イベントを催してきた株式会社ラポートが、パイロットショップのアニメック
を開店したのは1978年6月のことでした。といっても当初ラポートビルは無く
パークサイドビルという所の1階でした。アニメブームで多くのキャラクター
商品を取り扱っていましたが、商品の主力はもちろん『ヤマト』でした。
また、同月、徳間書店から定期刊行のアニメ情報誌「アニメージュ」が創刊
されましたが、表紙はやっぱり『ヤマト』でした。
『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978/8/5)オフィス・アカデミー
東映動画制作による『ヤマト』第2作。
「♪今はさらばといわせないでくれ 今はさらばといわせないでくれ」
メインテーマというべき「ヤマトより愛をこめて」は、沢田研二が歌った。
沢田研二は同年、阿久悠作詞、大野克夫作曲の「サムライ」「ダーリング」を
続々ヒットさせており「ヤマトより愛をこめて」も阿久・大野コンビが担当し
それを宮川泰が編曲。アニメソングはアニメ歌手が歌うことが多かった当時、
一流の大物歌手の起用は音楽性・話題性ともプラスで、ヒットした。
8月5日朝から全国133館で一斉公開されたが、ヤマト最後の映画とあって
各地の封切館の前は徹夜組が長蛇の列を作ったため各館早朝に繰上げ上映して
観客をさばいた。結局10月13日まで10週間のロングランとなり、興収30億円、
配収18億円を突破した。
企画・原案・脚本・製作・総指揮の西崎義展は「きみは好きな人のために死
ねるか。命をかけても愛する人を守れるか。そして、一つの理想に向かってい
くとき、これを阻む邪悪なものと命をかけて闘うことができるか。こうした問
題をつぶさに実証していくとき、ドラマは力と勢いを加え、さらなるパースペ
クティブを広げてゆくのである。古代はもっとも厳しい試練に立ってなお、け
っして身を翻すことなく死を超えた行動にでた。それは、人間がつくったさま
ざまなルールに縛られながらも、自分なりの生きかた、理想を求めて主張する
人々に、はかりしれない感動と勇気を与えるはずである。壮大なSFアクショ
ン・ロマンという場にエンターテインメントを貫きながら、私が訴えつづけて
やまないこと、それは人類愛から男女の愛、また肉親愛と友だち同士の愛など、
さまざまな愛とその戦いの行方なのだ。」と書いている。
映画の最後でヤマトが宇宙の彼方へ消え、
「西暦二千二百一年、
ヤマトは、永遠の旅に
旅立っていった…」
のスーパーのあと、
「ヤマトを愛して下さった
皆さん…さようなら
もう 二度と 姿を
現わすことはありません
でも きっと 永遠に
生きているでしょう
あなたの胸に
心に
魂の中に」
というメッセージが出ました。
このとおり二度と姿を現わさなかったら良かったと思うんですけど(笑)。
21世紀まで、あと180日 高木志郎アオ