#210 Article 14692 Posted at 2000/05/02 06:16:14 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TV]
Subject: 1974
1974年、エポックメイキングなアニメが登場しました。
『アルプスの少女ハイジ』(1974/1/6~フジ)ズイヨー映像
スイスの女流作家ヨハンナ・スピリ『ハイジ』を原作に中味をふくらませた
名作ものテレビアニメの傑作。『ムーミン』を成功させた名作路線の功労者、
高橋茂人がプロデューサーをした。
それまで名作アニメといえば『ムーミン』『アンデルセン物語』『ロッキー
チャック』と童話を原作としたものや、動物の姿を借りたりしたものであり、
子どもを主人公とした児童文学を1年間の連続シリーズとしてアニメ化したの
は、この『アルプスの少女ハイジ』が初めてで、日曜夜7時半のフジテレビの
名作劇場シリーズの本格的な幕開けとなった。
高橋は「48年に、この企画をフジテレビに話をしたんですが、テレビ局のか
たたちは半信半疑でした。まあ、ヒットは無理だろうという空気が強かったで
すね。でも私にはそれなりの計算があったんですよ。この頃はちょうどモーレ
ツからビューティフルへの別れ途の時代でした。石油ショックがあって、ただ
がむしゃらに働くことから“人間的な生活とは何か”が見直されだしたときで
したから、大自然と人間のかかわりをうたいあげた『ハイジ』はかならず受け
入れられると思っていたんです。当時、外国へロケハンをしたのは私たちぐら
いではなかったでしょうか。『原作を知りたかったら、まずその土地を見ろ』
が私のモットーですから、スタッフが総勢で11名ほどヨーロッパをまわりまし
た。テーマ曲のヨーデルの声は現地で録音してきたもので、子どもにはマネが
できないだろうと、渡辺岳夫さんが手なおししたんです。このほかカウベルの
音とか、民族楽器の音とか現地で収録してきたものをだいぶアニメの中に使っ
ています。」と語っている。
音楽の渡辺岳夫は「自分の曲の中で一番印象の強いのは『アルプスの少女ハ
イジ』です。ヨーデルを聞くために、自費で二度もスイスへ行きました。この
曲はヨーロッパで100万枚も売れ、うれしく思っています。」と述べている。
このアニメは国内だけでなく、海外に輸出されて評判を呼んだ。特に舞台と
なったスイスとオーストリアでの人気は高く、スイスでテーマ曲がベスト10に
入ったこともあった。その他、スペイン児童アカデミー賞、西ドイツでゴール
デン・ベア、ゴールデン・バンビ両賞などに輝いた。こうして『ハイジ』は、
海外でヒットした日本のANIMEの先駆となった。
演出の高畑勲、作画監督の小田部羊一、画面構成の宮崎駿らメインスタッフ
の努力で、テレビアニメでも人の心や日常生活の描写が可能なことが証明され
た。宮崎は演出と作画・美術の間をつなぐレイアウトを担当。単に画面全体の
構図を決めるだけでなく動きまで考えた画面構成で、実写で言えばカメラマン
に近いものである。絵を描かない演出家・高畑の手となり足となり目となって
全52話の全カットをレイアウトした。
小田部は「高畑勲さん、宮崎駿さんと私の3人のメインスタッフで『長靴下
のピッピ』という童話をシリーズ化する予定だったが、テレビ放映にはならな
かった。がっかりして、一時はふさぎこんでいた時期もあったが『ルパン三世』
や『赤胴鈴之助』などの手伝いをしていた頃、ズイヨーから三人のスタッフで
『アルプスの少女ハイジ』をやらないかというさそいがあった。当時は、あの
作品がアニメとしてとても商売になるとは思えない時代だった。でも、『ピッ
ピ』に変わる何かができるのではないかと思って『ハイジ』に取り組んでいっ
た。三人の『ピッピ』に対するエネルギーが『ハイジ』になったのではないか
と思う。」と述べている。
18本の絵コンテを切った富野喜幸は「高畑監督こそいわゆる演出家。その考
え方、発想と、画として表現する方法を、具体的なセオリーと感性にのってい
かに実現するか、ということを教えてもらった。高畑監督は、具体的なのであ
る。言葉としては大変に不明瞭で、考える時間というのが長大であり、粘り方
の仕方が長浜監督と根本的に異なる。映像の創作とは何かというテーマをアカ
デミックに捉えていらっしゃる、とでもいおうか。ロジックとセンスの定着の
仕方を永遠に考えている。そんな頭の構造に正直、圧倒されて、このマネはで
きないと実感した。」と書いている。
でも私は裏番組の長浜監督の番場蛮を見てました。
21世紀まで、あと244日 高木志郎アオ