#139 Article 154 Posted at 1993/12/23 14:57:20 by ISAM (MAP1129) [MEDIA]

Subject: Re:*37 リトルツインズ /153 ........... /686(#15) /685(#15)

どびゃびゃっと、結論づけてしまいましょう。
 いいかげんに、面倒臭くなってきたから(というか、このままでは年を越してしま
いそうですしね)。

 鈍感な僕は今の今まで気がつきませんでしたが、ここでおこなわれていたのはある
思想の内輪もめ的な対立の代理戦争だったのです。
 この思想というか発想というかこだわりというか、そういう諸々なものにラベルを
張るとすればそれは「メガ少女主義」といった名前になるでしょう。

 MUK氏の、Article 694 in #15の意味を曲解してしまったがゆえに僕は今の今までこ
の事実に気がつかなかったのです。
 ここで重要なのは、MUK氏のコメント

> 「面白い」を「女の子がかわいい」に変えてもいいですけど(笑)

 です。
 この意味を僕は勘違いしていました。
 つまりMUK先生は「女の子」という記号によりかかった価値観を否定したいのではな
くて、単に、「女の子はかわいいだけではダメだ」と暗に表明していただけだったの
です。

 同様にして、ミラクル・ガールズボードにおける混乱は、そのテーマが実のところ
映像論やエンターテイメント、ドラマ、シナリオなどにかかわるものではなく、単に
「少女主義の側面」であるという事実に多くの人間がたどりつけなかった点にあるの
です。
 そういう意味では僕もおちこぼれですね。

 つまりミラガで問題だったのは
 「少女という制度に対する異化」
 ということなのです。

 そういう意味ではISAMのまぬけぶりはここに至るまで際立ってしまっています(もし
かして隱喩として、少女に関する問題は語られ続けているのかも・・・)。

 というわけで「メガ少女主義」もしくは「制度としての少女」は語られることがない
がゆえにまた、巨大な構造物であり、僕個人も文化的にその外には存在しえないにもか
かわらずそれに無自覚であったというのは、まさしくそれが語られることがないとい事
実によってで、それを自覚しえたのは語られるべきではないものを自身によって語ると
いうことによってようくではあり、その愚鈍ぶりは自身で反省することしきりであり
ます(むろん量子力学的な比喩でいえば、語られるがゆえにそれは変質し別のものにな
ってしまうがゆえにそれを語ることはできないものなのである)。

 というわけです、MUK様、TOSHI様たいへんな失礼をしてしまいました。
 謹んでお侘びもうしあげます。

 同様にして、ナディア論などというものが問題にならないという点についてもよう
やく理解できました。
 あの議論には隱喩としても「少女」という視点が欠けており、「黒人の少女」が主人
公であるという事実を無視するああいった議論は、多くの人間にとっては戯れにしかす
ぎず、その事実に気がつかないのも、また僕だけだったわけです。
 ゆえにナディア論とは誕生するまえに消滅してしまった幻にしかすぎなく、それを多
少なりともこだわりとしてもっていた、僕は単なるバカでした。
 申し訳ありません。


                          ISAM