#139 Article 153 Posted at 1993/12/15 02:11:53 by ISAM (MAP1129) [MEDIA]
Subject: Re:*36 リトルツインズ /152 ........... /686(#15) /685(#15)
なになに・・・ 演出も、脚本も作画もまるでダメ。 それは「ミラクル★ガール」のことですか? 「ブラジル」のラストが日本では差替えられなかったし、米国の公開時にも結局差し 替えられなかったこと、オーソン・ウエルズは「市民ケーン」以降、様々な障壁にあい 満足できる環境といったものに恵まれなかったにもかかわらず、幾本もの映画を残して いるが、結局のところ問題は自分が市民ケーンを越える映画を撮れなかったことだとい うふうに語ったこと、最近、乱発されるキャメロンのディレクターズカット作品等が必 ずしも高い評価を得ていないといった様子(残念ながらまたみてませんが)、などにつ いて私は、TOSHIさんのように深い知識を持ちません。 たしかにバカバカしいです。 TOSHIさんを支えているもう一つの幻想は「創作に関する神話」といったものなのか もしれません。 なぜハリウッド映画において、最終的な編集権が会社側に握られている場合が多いか ? それは最初の契約でそうするからです。 しかし、そういったシステムによって、ああいった多大な予算を必要とする映画の存 在が可能になっているといった側面もみのがせません。 必要悪ではなくて、ハリウッド映画そのものの完全な一部なのです。 芸術というのは元々パトロンの存在によって成り立っていた部分が多々あります。 大衆芸術といったネーミングが可能ならば、それを支えるパトロンは大衆でしかあり えません。つまり大衆に理解可能で、面白いものでなくてはならないのです。 それを指向するためのプラグマティックな技術というのがハリウッドシステムではな いのかと思うのですが。 常に創作に対立する外敵があるかのごとき幻想は、まさしくハリウッド的なアドベン チャーです。世の中は普通そーはいきません。 エンターテーメントな仮説ですけれどね。 極端なことをいえば、創作こそ危険とか何とか言う前に、まず、陳腐であり、貧しい のです。さらに言えば、所詮損得の倫理(しかもその内のほんのひとつ)でしかないの です。 こういった損得勘定というのは、お互いに言い分があるわけですから、僕は「面白さ 」のみからフィルムを判断するようにしています。 ところで、「その内容や製作体制自身」を「西欧近代ヒューマニズム」って置き換え た文章、ケッ作です。 笑ってしまいました。 僕の書いた、 ------------------------------------------------------------------------------- もしも、その内容や製作体制自身が他の文化を圧迫し均質化してしまう悪意に満ちて いるというような意味なら、むしろそりゃたいへん結構なことだといいたいですね。 バンバンやりなさいとまではいいませんが、そういうのって「危険」どころかメディ アのもつ基本的な性質の一つでしょ。 なにをいまさらいってるんですか? ------------------------------------------------------------------------------- これを、普通に置き換えるなら。 ------------------------------------------------------------------------------- もしも、西欧近代ヒューマニズムが他の文化を圧迫し均質化してしまう悪意に満ちて いるというような意味なら、むしろそりゃたいへん結構なことだといいたいですね。 バンバンやりなさいとまではいいませんが、そういうのって「危険」どころかメディ アのもつ基本的な性質の一つでしょ。 なにをいまさらいってるんですか? ------------------------------------------------------------------------------- 「西欧近代ヒューマニズム」って「メディア」なんでしょうか? 「西欧近代ヒューマニズムが他の文化を圧迫し均質化してしまう悪意に満ちている」 ってのは確かに比喩的な意味合いとしては納得してしまいますが(ようするに僕もそー ゆうようなことを言っているわけだし)。 しかし、それを「危険」かどうかを判断するのは、ずっと難しいですね。 この悪意とは、戦争を遂行しそれを正当化するような働きも持ったりするからです。 でTOSHIさんが置き換えるとなぜか。 > -------------------------------------------------------------------------- > もしも西欧近代ヒューマニズムが他の文化を圧迫し均質化してしまう悪意に満ちて >いるというような意味なら、むしろそりゃたいへん結構なことだといいたいですね。 > バンバンやりなさいとまではいいませんが、そういうのって「悪」どころか文化の >もつ基本的な性質の一つでしょ。 > > それを「悪」などと言ってしまう思想のほうをむしろ危険だと思います。 > -------------------------------------------------------------------------- になってしまいます。 うーん、サギっぽいなあ。 なんで、悪意に満ちているものが、「悪」どころか基本的な性質なんでしょう。 「悪意」と悪を頭つけて形容されているいるものを「悪」といってしまうのは、危険 なんですか? なんだか変なのー でで、 この無理やりの置き換えが、もしかして 『ご自身の律し切れない行動を悪だと言わざるを得なくなったり』じゃないでしょう ねまさか?? ちゃんと別のところで、悪っていってますよねえ(^_^;) 劇場版『宇宙皇子』。 僕は、たしかテレビでみたことがあったような気がします。 時間の無駄ですね。 あれが面白いなんて、世の中変った人がいるもんだなと思います(もしかして、いの またむつみのファンとか?)。 西欧近代ヒューマニズムが作品や評価を歪める「から」悪なのではなく、それが作品 や評価を歪めたとき悪なのです。 いいですか、 西欧近代ヒューマニズムが我々の価値基準の一部を担っているということは、それは すでに我々の精神の逃れようもない一部だということです。 しかし、だからといってメディアが単に、ヒューマニスティックなだけだったり善意 に満ちてさえいれば善であるとはいえないと思うのです。 同様に「血肉」などというなんだか教養万歳な言い方も、じゃNHK教育こそが最高 の作品なのかしらという疑問を抱かせるに十分でしょう。 ところで、最後に全然関係ないですが。 「美しくないレトリックなど無用の長物でしょ」 というのの、根拠はなんでしょう。 本当にそうなんですか? 人間がその思考に比喩を利用しているといった話は聞いたことがありますが。 [レトリックは美しくなければならない]などという決めつけを相手に押しつける根 拠というのはよくわからないもんで。 詩人とかが自身にそういった価値感を義務ずけるというのはありえるかもしれません が。 私見ですが、ネットにおいて相手の文章表現(うま下手も含む)に美的なケチをつけ はじめるのって、議論が煮詰まったときじゃないかって感じるのです。 もしかして、飽きてきてません? それとも手詰まりになったとか? ISAM