#13 Article 8587 Posted at 1994/08/19 14:49:53 by 自主管理 (MAP3788) [SEKININ]
Subject: Re: Re: 桜井前長官の発言とその顛末に寄せて思う /8580 /8575
かくたサンはやはり私の書き込みには、ど~しても何か反論をつけたいようなの で(笑)。でもいいことだ。 少し長いですが、引用します。 >2人を直接的に死に追いやったのは米軍の空襲でもなければ日本軍の暴力でもない。 >2人のまわりの人々の無為無関心なのだ。考えてみるとこれはすごいぞ。多くの場合、 >戦争の被害者としてしか登場しない一般民衆が、消極的にしろ加害者になっていたこ >とを描いているわけだから。 >反戦作品はそのほとんどが、一般民衆が暮している共同体に対して軍隊などの他者が >加えてくる暴力や災難の恐ろしさを描いている。そしてその他者がいかに自分と違っ >て強大で冷酷であるかを描くことによって「戦争は怖い、いやだ」というメッセージ >を伝えようとしている。 >しかし『火垂るの墓』は、その戦争を遂行するために生活共同体がどのように変化し、 >そしてその共同体から排除された者がどうなるかを描く。外からではなく、内からの >暴力を描いているのである。 >この作品から厭戦気分を越えた「やりきれなさ」を感じるのは、戦争状況下で我々 >自身が加害者になる可能性を思い知らされるからなのだ。そして我々自身が、共同体 >の中でしか生きられないことを知っているからなのである。 うむ、さすがはかくたサンだ(笑)。今 #22 で討論中のことまで見据えてお書きに なっている。 ドイツでは「ナチスを生みだした我々」という意識が強いと聞きますが、その辺と 共通するものが『火垂るの墓』にある、と見るわけですね。我々自身が「軍国主義 を生みだしたのだ」という。 ちっぽけな個々人と、巨大な国家意志である軍国主義を結び付けるためには、そう した方法を採るしか無いのかも知れない。 ただそうであればあるほど、軍国主義・全体主義(と、それを生みだした我々)へ の批判という要素は浮きでるものの、逆に対外侵略戦争(そして戦争責任)の要素 は、後景に追いやられる気もしますが(じゃあ申し訳程度に朝鮮人を登場させれば いいかというと、そうでないのも勿論だし、また軍国主義体制と侵略戦争を区別し ていいのか、という問題もあるが)。 また私自身が社会主義者である以上「共同体の中でしか生きられない」という部分 には全面的に同意しますが、ただ野坂昭如の場合はその「共同体」をどこに感じて いたのか、という部分がある。 要するに昭和末期に野坂の採った(そしてそれ以降採っている)態度を見るに、彼の 「共同体」認識の甘さ、問題点を見てしまうのです。彼の依る共同体に対しては、 『火垂るの墓』の作者としては許されないはずの、無条件の免責をしてるんじゃあ ないかと。そこの整合性は、野坂の中ではどうなっているのだろう? まぁ、私の好きなフロムと共通点があると言えなくもないだろうけど。 …こりゃ作品論じゃ無いな。 西形 公一 (自主管理 MAP3788) *野坂のコトについては、私が知らないだけで相当言われてるんじゃないか? っていう気もしますがねぇ。