#126 Article 17572 Posted at 1994/06/22 00:44:31 by MSP-Iris (MAP4370) [REVIEW]
Subject: Re: 私的「魔女っ娘・姫ちゃん」論 /17554
§1§ 魔女っ娘作品を分類すると 魔女っ娘作品を分類すると、大きく分けて2種類に分類出来るであろう。その1は 「享有パターン」、すなわち生まれつき魔法を使うことの出来るものがこの世界にや って来て物語を創るものと、その2は「供与パターン」、すなわちこちらの世界の娘 が異世界の魔法使いから魔法を使う能力を与えられたものである。 「享有」のものの代表作は、サリー(吉永サリーにあらず。魔法使いサリーの方) やチャッピー(ほうきにあらず。魔法使いチャッピーという作品)といった東映作品 や、ミンキーモモなどがあげられる。一方「供与」の方ではペルシャやマジカルエミ といったスタジオぴえろ作品などが代表である。 姫ちゃんの場合は一見「供与」に思われる。確かにエリカから渡されたリボンによ って、姫ちゃんの魔法が始まったことは事実である。しかし、私はこの作品は「供与」 の域を越えた新しい作品であると思う。これは、この作品における特殊性によって説 明出来ると思われる。 そもそもこの手の作品では、「魔法の存在が発覚する」ということは非常事態とさ れる。モモやエミではこの辺は割とお気楽であったが、普通はそうはいかない。サリ ーにおいては魔法使いであることが仲間にばれることによって、サリーは元の世界に 戻ることを余儀なくされ、新作サリーでは再びこちらの世界に来るにあたって仲間の 記憶を消すことになる。チャッピーでも友達を助けるためにその目の前で魔法を使う ことによって裁きを受け、人間界に戻ることは許されたものの友人達のチャッピーに 関する記憶は全て消され、いたしかたなく他の街に移り住むという最終回を迎える。 ペルシャでは、魔法のことが他人に知られた場合は学が女の子になってしまうという 恐るべき設定があった。たしかクリィミーマミでは魔法を知ってしまった俊夫の記憶 を消すことによって物語を続けたように記憶している。ただし、この作品では最終回 以後では俊夫は魔法について知っていることになっている。 姫ちゃんにおいては同様の事件は計3回おきている。1度目は森太郎君誘拐事件、 2度目はひかるちゃんによる雑誌スクープ事件、3度目があかずのとびら関連である。 内容については皆さん既によくご存じだと思うので、ここで重ねて書き記すことはし ないが、通常の魔法少女ものなら1度目でアウトである。しかし、この時は有坂静の 働きにより(激爆)おとがめなし、知ってしまった大地の記憶もそのままである。2度 目の時はエリカの働きにより、魔法の存在を知られることはなかったが、その後の展 開は皆さん熟知の通りである。3度目の事件では大騒ぎになってしまい、やっと記憶 は消されることになるが、結局姫ちゃんとエリカと大地については旧態に復すること となる。これは以前の作品群に比べて、明らかに特殊であろう。 つまり、以前の魔法少女作品群においては「魔法の存在を知られないこと」が大切 であり、姫ちゃんにおいては「知られること」が大切だったのではないかと思われる わけである。1度目の事件の後、姫ちゃんは自分から事情を大地に打ち明けている。 また、この事件の後で大地の記憶だけを消すことも可能であったはずが、何故かこれ が行われていない。この文章では作品を内部からではなく外部から論じているので、 「大地の記憶を消さなかった理由」というのは、大地に知らしめることにそれなりの 意義があったからということになる(作品内部から論じている場合であれば、その理 由は「王様の気まぐれ(笑)」とか、そういったものになる)。「それなりの意義」と は、私は「魔法の存在という知識」の共有という意義であると思う。さらに2度目の 事件について言えば、これは3人の「魔法によって引き起こされた経験」の共有とい う意義であろう。 結局のところ、当初エリカから姫ちゃんに「供与」された魔法は、1度目の事件に よって姫ちゃんと大地に「共有」されることとなり、2度目の事件によってこの共有 関係にエリカが含まれることになるわけである。3度目の事件はこの関係を再度確認 するものであると認識出来よう。 このように、姫ちゃんは「享有」でもなく「供与」でもない、新しい「共有」をそ の本質として持っているのである。 次回はこの共有関係というものの持つ役割と、そこにおけるサブキャラ達を考察す る予定である。 MAP4370 MSP-Iris