#91 Article 434 Posted at 1991/08/10 09:25:49 by 青竜王 (MAP2442) [NO.19]
Subject: 臨海学校は大騒ぎ
おもしろかったじゃないですか。 話はいまいちという意見がでていますが、私としては、実にライジンオーらしい 話だと思いながら見ていました。 この番組が、本来幼児から小学校の2年生程度をターゲットにしてつくられていると いうことを考えると、そういう枠を意識しつつも、ライジンオーという世界観を主張 していこうという姿勢が見えて好感がもてました。 闇将軍さんは、いろいろと矛盾があるって言ってたけど、はたしてそうかなァ。 臨海学校には1クラスだけできてたんじゃなくて、たまたまこのクラスの周辺だけしか 映ってなかったと考えるべきなんじゃないの。 もともと子供たちは、地球防衛組の責任感は希薄でわけで、邪悪獣との戦いもほとんど 遊びの延長で(現在の時点では)やっているわけです。 校長(大人)からおしつけられた、『臨海学校の中止命令』に反発するのは当然だし、 ヨッパーが無責任に、お仕事(邪悪獣の捜索)の途中に、サボろうとするのはすごく ヨッパーらしい行動だと思うんですけど。 くしくもヨッパーが言うせりふ『叱られるのが怖くて、小学生やってられっかよ』とい う一言が、この話でシナリオライターが言いたかったことなんじゃないですか。 今はまだ無責任でいいかげんな子供だけれど、遊びやいろんな体験を通じて、すこしず つ学んでいけばいいんだよ。というのはこの話は言っていたような気がします。 だからこそ、最後に『ヨッパーが、はじめて謝った』『ハイって言った』というフォロ ーがあるわけでしょ。つまりヨッパーのストーリーだったわけですよ。 たしかに、そこにしぼりきれていないきらいはあると思いますけどね。 ゆーさくさんの脚本の内容が皆無っていうのは、あまりと言えばあまりのお言葉じゃな いですか。 『ライジンオー』=『子供の空想遊び』それを阻害するものとしての、邪悪獣であり、 大人たちのおしつけ、という構造をこの番組は持っていると思うんです。 そういう意味では、『花火で遊ぶこと』と、『ライジンオーで戦う』ことは、子供たち にとっては本質的には同質のものなわけです。 遊びの中から子供がなにかを学んでいくという意味では、かってに洞窟に行ってしまっ て他の人に迷惑をかけたということをヨッパーが学んだんですね。(ちょっと強引なス トーリー展開であったとういうことはいなめないけど) ライジンオーには、いくつかのストーリーパターンが存在しますが、この回の話は、 その中でもオーソドックスな作りの方だったと思います。その分、面白くないと感じ られたのかもしれないけど。 はじめて書き込みしたわりに、ゴチャゴチャ書いてしまって申し訳ない。 青竜王