#91 Article 1466 Posted at 1992/05/07 01:05:11 by TOSHI (MAP2425) [LOVESOS]
Subject: 守れ!日曜参観その3
(承前) 翌日。日曜日。雲ひとつない青空が広がっていた。生徒たちは道すがら、互いに元気 よく朝の挨拶を交わしている。そんな中に混じって愛子の足取りは昨日よりもいっそう 重かった。 「おはよ!」 後ろから元気に肩を叩いてきたのは、マリアだ。 「あの……昨日はごめんなさい。仁のやつったら、いっつもああでしょ。無神経でさ。 怒鳴りつけてやったわ。でも、仁も悪気があるわけじゃないのよ。仁にはあたしからよ く言っておいたから、許して上げて。きららだって、うん、ああいうコだから悪意なん てぜんぜんないんだし」 マリアは、いきなりぴょこんと頭を下げたかと思うと、そこまで一息でまくしたてた 。その様子があまりに真剣で--そこが彼女のいいところなのだが--愛子は思わず吹 き出してしまった。 「何よぉ、こっちが真面目にあやまっているのに吹くことはないじゃない」 マリアは照れくさそうに顔を赤らめながら、頬をぷっとふくらませる。 「あはは。だって、マリアったら仁、仁ってやたらと繰り返すんだもの」 「ちょっと何よ、それ」 追いかけてくるマリアをかわしながら、愛子は教室へ飛び込んだ。 何だかそれだけで気分がすっきりして、教室にいた仁ときららにはにっこりと笑顔を 返すことができた。何とか今日の憂鬱な一日を過ごすことができそうだ。 朝礼が終わる頃になると教室の後ろはやってきた親たちでいっぱいになっていた。み んなちらちらと後ろを向いては自分の家族が来ているかどうかを確認している。愛子も そっと後ろを向いてみた。 あの威勢のよさそうな人が仁の父親なのだろう。その横のスーツをパリッと着こなし た背の高い人物は会社の重役と聞く、飛鳥の父親に違いない。教室の隅に寄りかかって いる口髭にベレー帽は、有名な画家というマリアの父だろうか。 教室の後ろに集まった親たちを、ゆっくりと見渡しながら回していた首が一点で止ま った。 そんな、なぜ? 胸の奥に沸き上がったのは、うれしさよりもまず、そんな疑問だった。 そこにはあの人が昨日見たときと変わらない姿で立っていた。 笑うのが苦手で、いつもどこかぎこちない笑顔。恰幅がいいというよりはちょっと太 めの体躯。低めの背。がっちりとした肩。間違いない。 2回、3回と繰り返し振り向いて確かめるうちに、うれしさがこみ上げてきた。気に していてくれたんだ、私のこと。きっと、どっかで今日が日曜参観だってことを調べて 、来てくれたんだわ。よーし、今日はもう、篠田先生の質問に何でも答えてみせるんだ から。そう思うと、何だか右手がむずむずした。 --算数の授業は半ばまで進んだ。今までのうっぷんをはらすように愛子は大活躍で ある。篠田に挑みかかるばかりに何度も真っ先に手を挙げていた。答えもことごとく正 解である。ぐるぐると頭の中が高速回転して答えが次々と浮かんできていた。彼女自身 驚く程だ。 手を挙げるたび、ちらりちらりと後ろを振り返った。そうすると教室の隅から確かに にこにこと微笑みかけてきてくれる。 だが、何度目かに振り返ったとき、愛子は様子がおかしいことに気がついた。確かに 顔はこちらを向いて微笑んでくれてはいるものの、目の焦点がこちらに合っていないよ うなのだ。おまけに右手を人の影でもぞもぞと動かしている。他は微動だにしないのに 、手だけが妙に落ち着きないのである。 まるでスリみたい。そう思ったとき、影に入っていた手がさっと引き戻された。その 手が黒い財布のようなものを掴んでいるのが見えた。一瞬で今までの浮かれ気分が吹き 飛んだ。 そんな、何かの見間違いよね。 瞬きを繰り返し、もう一度確かめようと振り返ったと同時に、腕がすうっと伸びるの が見えた。ゴム手袋が伸びるように本当に伸びたのである。愛子がギョッとする間もな く、比喩でなく1m近くのびた腕は、泉ゆうの母親らしき女性の尻をすっとなでた。 「きゃああああ」 長身のその女性から悲鳴が起きた。伸びた腕はかまわず、近くにいた坂井ときえの父 親らしいいなせな人物を張り飛ばす。 「ぎえっ」 立て続けの悲鳴に教室のみんなや篠田先生が振り向いた。教室の奥には先ほどまで人 間だったモノが暴れ回っていた。ぐるぐると伸びた腕を振り回し、周囲にいる父母たち をなぎ倒す。教室に悲鳴がこだました。その悲鳴に呼応するかのように、見る間にそい つの体が膨れ上がっていく。 「邪悪獣だ」 今村あきらが叫んだ。それは、この半年ばかり、ほとんど日昇市だけに集中的に姿を 現す怪物--邪悪獣の新しい一匹に違いなかった。どういう仕組みで出現するのかはわ かっていないが、人間にとって厄介で迷惑な物事を模倣しているのが特徴だ。しかもど うやら、そいつを操っている奴らがいるらしい。 「グググググ……」 口から怪音を発しながら邪悪獣は教室中をねめつける。 「やめて~!」 突然愛子が席から立ち上がり、それに向かって飛びかかっていった。みんなあっけに とられたかのように、ただ呆然と眺めるばかりだ。勢いよく踊りかかった愛子だが、一 旦組み付いたかに見えたものの、跳ね返され、逆に、生えてきた長い触手に捉えられて しまった。 傍で見ていた泉ゆうが、ゆらりと体を揺らしてへたりこんだ。体は女子で一番大きい が、逆に気は一番小さいのだ。 「オヤジィィィ!!」 邪悪獣は一声上げると愛子を抱えたまま教室の窓から飛び出し、巨大化しながら繁華 街へと進み始める。 必死に抵抗した愛子だが邪悪獣の腕に締め付けられ、次第に気が遠くなってきた。そ の薄れいく意識の中で、彼女はあの人の呼ぶ声を聞いたような気がした……。 (つづく)