#91 Article 1460 Posted at 1992/05/06 13:46:16 by TOSHI (MAP2425) [LOVESOS]

Subject: 守れ!日曜参観その1

「今日は土曜日。いつもなら日曜日のことを考えてワイワイ騒がしい、僕たち5年3組
の教室も、今日は何だか様子が違う。だって明日は日曜参観日なんだもの。篠田先生も
ちょっぴり緊張しているみたい。僕もやっぱり気になってしまう。お父さん、ちゃんと
来てくれるかなあ?」---日昇学園5年3組星山吼児の日記より
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 終鈴がなった。4時間目の理科の授業の終わりである。5年3組の担任篠田俊太郎は
教科書を閉じると、おもむろに口を開いた。
「あー、みんなもわかっていると思うが、明日は日曜参観日だ。普段はお仕事で参観に
来られないご両親に、お前たちの学校での姿を見て貰うのが目的だ。だからといって緊
張することは特にないが、休みだと思い込んで寝坊するなんてことがないよう……こら
あ、仁、聞いてんのかあ。お前のことだぞお!」
 篠田はつかつかと教室の一番後ろまで歩いて行くと、向かいに座っている飛鳥をから
かっていたクラスのムードメイカー、日向仁の頭をコツンとこづいた。いつものように
教室中からドッと笑い声が沸き起こる。
「いてえなあ、篠田センセー。そりゃないよ。ちょっと横向いてただけじゃねえかあ」
 仁が大げさに頭を押さえながら抗議すると、
「もう、何言ってんのよ。あんたはいっつも横向いてんでしょ」
と、横あいからすかさず、クラス委員の白鳥マリアが口をはさんだ。
「何だよお!」
「何よ、文句があるなら言ってみなさいよ!」
「おおこわ。口から牙がはえてるみたいだぜ、マリア」
「仁! 何ですってえ!」
「わあ、わりいわりい」
 ポニーテールを大きく揺らして今にもかみつかんばかりのマリアの剣幕に押され、仁
はたちまちたじたじとなった。
 そんなやり取りを見て、憂鬱な気分に沈んでいた島田愛子の口元にも自然、笑みが浮
かんでくる。小学5、6年の時期って男子より女子の方が成長が早いから、お姉さんっ
ぽくふるまうのかな。そんなふうに考えながらも、
「でも、それだけじゃないわよね、あの2人は」
と呟いて、くすりと笑った。
「よかったあ。笑ってる」
 後ろの席の真野美紀が話しかけてきた。おかっぱ頭の女の子だ。彼女とは、いっとき
仲が気まずくなったこともあったが、愛子のさっぱりした性格が幸いしてか、席が近い
こともあって、今ではわりと仲がいい。飼育係なのに子犬が苦手だったりと、意外に気
弱なところがある美紀も愛子に対しては、心を開いているようだ。
「ラブ、最近元気ないから、心配してたのよ」
「そう? そんなことないと思うけどなあ」
 慌てて取り繕いながら、あはははと大げさに笑ってみせる。だが、美紀の指摘どおり
、ここのところ愛子はずっと暗い気持ちに塞ぎ込んでいた。毎年のことなのに……とは
思っても慣れることはできなかった。この、日曜参観前の、先生も生徒もどことなく浮
かれたような、それでいてどことなく緊張感漂う雰囲気が、彼女に毎年必ず重くのしか
かってくるのだ。
 いけないいけない、美紀にまで心配かけるようじゃ……。愛子は気持ちが表に現れな
いよう、首を傾げ遠くを見つめて、いつものひょうひょうとしたポーカーフェイスを作
り上げた。母親が、あなたはしっかりしすぎてるわ、と困ったように笑うほどの、それ
は彼女の特技だった。彼女は、男の子のように髪をほとんど刈り上げるばかりに思い切
りショートにしている。ロングヘアの女の子のように時に髪で表情を隠すことができな
い分、そんなことに長けたのかもしれない。

 ホームルームが終わって、真っ先に教室を飛び出したのは、仁と小川よしあき--ヨ
ッパーだ。ランドセルを掴んだまま肩にかけもせず、教室から走り出して行く。勉強か
ら一刻も早く逃げ出したいとでもいった様子である。反対にゆっくりと丁寧に教材をラ
ンドセルにしまっているのは、近藤ひでのりだ。育ちのよさが感じられる物腰だが、そ
のとおり、彼の父はここ日昇市でも有数の実業家である。女の子たちは、5年生ともな
ると気の合う同士グループを作っていて、そのグループごとに帰って行く。愛子は、グ
ループとはいつも一歩退いてつき合っていたから、一緒に帰るでもなく、しばらく頬杖
をついたまま、そんなみんなの下校風景をながめていた。だが、いつまでもそうしてい
るわけにもいかない。仕方なく、ゆっくりと席を立つと、ひとつため息をついた。
「どうしたラブ」
 前からポンと頭を叩かれた。表情がまた崩れていたようだ。慌てて、彼女は心の紐を
きつく結び直す。
「どうだ? 明日は、お母さん来られそうか?」
 見上げると、眉間にしわを寄せて心配そうにのぞき込む篠田の顔があった。どうやら
、大雑把な先生には珍しく、気を遣ってくれているらしい。愛子はそんな篠田の温かい
気持ちがうれしくて、微笑みながら答える。
「ううん。忙しくって、やっぱり駄目みたい」
「……や、そうか。ははは、それは残念だなあ。また今度があるさ、なあ」
「……先生、ありがと。さようなら!」
 自分の不器用さにとまどっているらしい篠田を逆に励ますように、愛子は元気よく教
室から駆け出して行った。
 正門を飛びだし、しばらく駆けていると、前を行く仁たちにぶつかった。彼らの話題
はやはり、明日の日曜参観のことらしい。
「……父ちゃんも母ちゃんもうるせえんだよ。あしたは、店休みにして二人で見に行く
って、もう、おおはりきりでよー。遠足か何かと勘違いしてんだから。ったく、日曜参
観なんてなきゃいいのに」
「おれんとこなんか、じいちゃんも来るって言ってるんだー」
 仁とヨッパーが大声で話している。他にいるのは、吼児とマリア、春野きらら、栗木
容子、そして月城飛鳥だ。飛鳥は大きなきららと小さな容子--クッキーとの間にべっ
たりと挟まれて、今日もまたいささかお困りの様子だ。頭脳明晰、運動神経抜群--と
はきららが言ったことだが--の彼は、クラスの女の子たちの人気を一手に引き受けて
いた。女の子に優しすぎるのが彼のいいところであり、欠点でもある。そこにきららな
ぞ、かなりつけこんでいた。
 きららは何事にも積極的でものおじしないコだ。将来の夢はニュースキャスターとい
う彼女は、放送委員をやっていて、いつもマイク片手に学校中を飛び回っている。髪は
天然なのか軽くソバージュがかかっていて、同学年の他のコたちと違い、ちょっとしゃ
れた感じだ。彼女は、5年生になってクラスが同じになったときから、飛鳥が好きと表
明してはばからないばかりか、親衛隊を組織して自ら隊長に収まっていた。「手より口
の方が先に出る」タイプで、一言も二言も多いのが玉に瑕である。
「飛鳥くんのお父さんはいらっしゃるの?」
「ああ、そのはずだけど」
 きららの問いに飛鳥が答えると、彼女は目を輝かせた。
「じゃあ、わたし、お父さんに認められるよう張りきらなっくっちゃ」
「きららちゃんずるーい。あすかくん、あたしもー」
と、これはクッキー。小さな背を精いっぱい伸ばしての自己主張だ。彼女も「飛鳥くん
親衛隊」の一人である。というか、クラスの女子はマリアを除いて全員親衛隊のメンバ
ーなのだ。愛子も例外ではない。もっとも、その活動にも熱心な子とそうでない子がい
て、愛子はつき合いで入ったぐらいで、後者の一人だった。だが、クッキーはというと
、こちらは熱烈な飛鳥教の信者だ。
 二人とも飛鳥の気を引こうと懸命だが、にこにこ笑っていた飛鳥の顔が一瞬ひきつっ
たようにみえたのは愛子の気のせいだったのか……。
「ラブんとこはどう? 父ちゃん来んの?」
 仁が振り向いて後ろ向きに歩きながら、愛子に話しかけてきた。
「あたしは……」
 愛子はちょっととまどって口ごもる。
「仁くんだめだよ」
 気の優しい吼児が慌てて、仁の手を引いた。すると、きららがうなずいて、
「そーよ。ばかね、仁、あんた何言ってんの。ラブんとこは、お父さん離婚しちゃって
いないんだから、来られるわけないじゃないの。え、何……」
 手を延ばして、急いできららの口を塞いだのはマリアだ。
「ラブ、ごめんなさい。気にしないでね。……ちょっと、仁! きらら! ラブにあや
まんなさいよ!」
 2人を怒鳴りつけながら、愛子にとりなすような笑顔を向ける。
「いいのよ。気にしてないもん。……じゃあ、あたしこっちだから」
「あ、ラブ!」
 呼び止めようとするマリアにかまわず、愛子は路地へと駆け出して行った。
(つづく)