#74 Article 17794 Posted at 1999/05/25 23:52:37 by 夏のこたつ (MAP2513) [PS]

Subject: Re:*17 久遠の絆 /17793 ...... /17485 /17478

どもです。

>映画ってのは作るのも公開するのも半端じゃない金がいりますから、
>そういう分かりやすい集客要素が必要なのは仕方ないと思いますが…。

>小説なら、営業のためにくだらない注文を聞かなきゃならなかったり、

 結局は、そういう事だと思います。例えば、FF8がハリウッドの映画に
比べて云々、とかいう比較のされ方がありますけど、大衆文化の枠で
マスを取るための市場しか、現在存在していないということですね。
実際、ある意味この「久遠の絆」、少し引いて眺めると、「大の大人が
必死になって取り組むものではない」という言い方は出来るのでしょう。
ちょうど、TVの番組表に並んでいるドラマやベストセラーの小説が
突っ込んで考えると愚にもつかないものであるのと同様に。

 そういう意味では、表面的な感触だけで捉えると、「なぜゲームとしての」
という問いかけはは全然意味を持たないのかもしれませんね。
結局は同種の問題を抱えているということでは同じですから。
少なくとも邦画、TVドラマ、大衆小説などに関してはそう。

 しかし、メディアとして表現の可能性の地平を考えていくと、もう少し違う
側面もあって、例えばハリウッド映画などは、出来のいいものは世界的な
普遍性を持って大衆性と同時に作品性を確立しているわけです。映画祭などでは
地味ながらも長い年月の鑑賞に堪える芸術性を持った作品が出てくる。小説に
関してもいわずもがな。本当に素晴らしい作品は、映像や音楽がなくても、
それに匹敵するような表現が可能。文章に旋律を感じることも、強い映像的
イメージを感じることもありますね。
 つまりは、そういう旧来のメディアが、長い歴史で様々なものを培ってきて、
はるか先に進んでいることを、ゲームは極めて未熟な段階で後を追っているわけで、
その後追い行為自体にどの程度の意味があるのか、というところが
議論されるところだと思うんです。

 思うに、(少なくとも日本では)ゲームジャンルの人気を考えると、
RPGが非常に大きな要素を占め、AVGを加えると過半を占めるような
現在の状況が、一つの示唆を与えるのではないかと。
 システムとして準備された、一種の自己創出に近いような感情表現に
ポイントがあって、受け身の態度でいるような作品では、充分他のメディアで
代替可能ではないか、と思っています。その種の作品は、直裁的な演出力の
出来の善し悪しに絞って構わないのでは。(結局、ゲーム界ではなんだかんだと
いいながらFFが先頭を走っているのは、結局ゲームに求められるものに
あまり深みが無いというのが原因かもしれない)

 この種の方法論で考えると、いわゆる「同級生システム」が広く使われるように
なった理由とか、いろいろと面白い話題も出てくるんですが、それは別件。

	MAP2513		夏のこたつ