#70 Article 5541 Posted at 1996/07/20 02:13:17 by 冬のうちわ (MAP2513) [MAISON]
Subject: Re:*7 めぞん一刻 /5537 ... /5509 /5457
つーわけでせっかくなのでこっちにもRES(^^;) > 僕の言い方が悪かったのですが、僕は切り離すというよりも原作を無きもの > として考えてと思い発言しました。(^^;) まず大概の原作付きアニメに関して語られる時はそうだと思います。 ただここで注意しなければならないのは、何といっても原作の「めぞん一刻」 がなければアニメ「めぞん一刻」は絶対にこの世に存在しなかったことが 確実であり、これは他のオリジナルアニメと比べて深い溝を形成しているのは 間違いないと思っております。 ところで、 > 原作を知らない人間の「この×××って作品て、すごくいいよね」と言った発 > 言の行き先はどこにあるのか。 めぞん一刻がアニメ化された際、原作ファンに徹底的に罵倒同然の非難を 浴びたわけで、当時も逆に原作ファンへの批判というものは相当強かったと 記憶しています。そしてそういう批判はその人の立場を考えると全く正当な ものであると考えられます。にもかかわらず、仮にその人が先に原作を読んでいれば 立場を180度反転して同じく痛罵する側に回る可能性は極めて高いといえるのも また同様に事実と言えると思います。この件は結構タブーみたいな側面があって、 深入りすると人間関係にまで影響があることで当時悪名高かった(笑) いろんな原因があると思うのですが、原作ファンのその作品に付ける点数が 当時異様に高かったのが主たる要因で、それに作品世界の基本的な把握が できていない恣意的な解釈の変更が輪を掛けたのではないかと考えています。 実際ボロカスにけなしている人に対し、「そこまでひどくなないじゃないか」 と反論する人がいたとして、その両名が「アニメ めぞん一刻」の特定の回に 付けている内心での評点はほとんど変わらないのかもしれません。 あとこの手の、コミックのアニメ化を語るときの常套句に対するある種の 「胡散臭さ」が特にこの作品では反発を生んでいるのかもしれませんね。 例えば、歴史的に高い評価のある文学作品をアニメ化するというのがありますが、 これはその作品の原作の位置というのは極めて安定して、どうこういう余地の ないものと考えられます。多くの場合、権威によって保護されているという側面は あるにせよ、皆が元々の作品に高い評価を与え、それが比較的普遍的な事実と なっている。アニメでどんな改変をしたってなにがどうビクともするものでは ないです。そしてしょうもない改変は「かなり論理的にきっちりと」批判されます。 これに比してコミックスのアニメ化では、そもそもが双方大衆文化としての 位置付けであり。比較的近接した文化をバックに持っており、原作自体も 圧倒的高レベルのものとは限りません。そういう背景もあってか、解釈の変更や 登場人物の性格改変などがかなり安易に行われる局面があると思います。 またそういう時の逃げ口上に「原作とアニメは別物」などというから腹が立つ わけで(笑)メディアの性質が異なるが故のやむを得ぬ変更であればともかく、 「だったらなんかオリジナルの作品を作れよ」といいたくなることもあります。 ま、先にあげた古典的な名作であれば、ダメはダメと分かりやすいのですが、 なかなか世間的にはそうはいかないわけで、当時低下していく視聴率を前に そもそもの原作の素晴らしさを日本全国に吹聴したくて困りました(大笑) 今にして思えば、古典的な名作なり芸術作品として扱うのが正解だったのかも しれません。あたかも文章の解釈を根本から間違うようなお粗末な場合が しばしば見受けられましたから。ただその時は原作も現在性という高い温度を 保っていて、古典の域に納まるようなおとなしさとは無縁でしたから、関係者の 手に余ったというのが実際のところかもしれませんね。 >”問5「下線部C『異常な関係』について具体的に述べよ。」(10点)”とか… (笑) しかしある意味、現代人の恋愛に関するバイブル的な側面はありますね。 古典という表現はある意味あたっています。 あ、そういえば高橋さんが新作を書かないと、現在でも活動しているサークルは 古典研究会になってしまうという危惧を誰かが言っていました。 「今日の会合の議題は、単行本3巻P○○の、ラムとあたるの双方の心情に 関する議論とする。各々10分以内に意見をまとめ・・・・・」 それはそれでたまらんものがあるが(^_^;;;; MAP2513 冬のうちわ