#7 Article 310 Posted at 1988/10/14 20:28:47 by オータム (MAP799) [URUSEI]

Subject: Re: Re: アーティクル305 /309

みなさん、フォローを書きあぐねているようなので。

 アーティクル299の続き。

 『「うる星」とは、私達の心の中の、この渦巻そのものを映像化したものだと
言えませんか?』

 確かに、この結論は間違ってはいません。しかし、この結論を認めると、私達
うる星ファンは、自分の心の中の願望をテレビの中に見ることによって、単に自
己満足していただけ、ということになりませんか?

 うる星は自己満足なんかではありません。もし、ただの自己満足だったら、(
願望が満足された時点で)、みんな飽きてしまったはずです。

 だから、この結論は、(非常にもっともらしいですが)間違いだと言いたいの
です。

 では、どこが間違っているのでしょう。

 アーティクル299に書かれた議論には、大前提があります。それは、『とて
も大きく強くアニメや子供のたわごとなどでは、決して揺るがない「現実」があ
る』、という前提です。大人が子供やアニメのことを議論するとき、無意識のう
ちに、こういう前提で議論をします。
 これでいいのでしょうか。アニメ(あるいは子供)には「現実」を動かす力が
ないのでしょうか。
 大人はつい「たかが漫画」と馬鹿にして考えますが、いまやアニメには大きな
影響力があります。
 だから、超人気の大傑作の「うる星やつら」に、現実を突き動かす力が、無い
わけが無いのです。とても大きな力があったと思います。

 では、うる星は「現実」にどういう影響を及ぼしたのでしょう。

 私が思うに、それは「科学」と「非科学」の調和ということではなかったかと
思います。そして、「科学」は人間に奉仕するということを、はっきりと示した
と思います。
 20年前には、「科学」は人間性に敵対するものでした。「科学」と「合理主
義」は一体で、効率を上げるためなら人間を無理やり科学に合わせる時代でした
。そのころの科学とは、巨大なプロジェクト、アポロ月宇宙船や新幹線、オート
メーションの工場のようなものを意味していました。
 だから、人間の夢である「人間を化かすキツネ」が「科学」と一緒にいると、
みんな違和感をおぼえていたのです。そういうとき、人はこう言いました。

 「ばかばかしい。きつねが人をばかすなんて、迷信だよ。非科学的だよ」

 うる星は、「科学」を日常的なものに引きずり降ろしました。
 「人間を無理やり科学に合わせる」のではなく、科学の方をむりやり人間の方
に合わせて使ってしまおうというのです。主役は人間です。科学ではありません
。主役の人間が、自分のやりたいことを、やってしまうために科学は存在します
。
 例えば、超科学兵器があっても、それで地球の命運をかけて侵略者と戦うので
はなく、高校生のカップルが痴話喧嘩をするのに使ってしまうのです。
 うる星の世界では、人間の心の中に住んでいるもの(たとえば「人間を化かす
キツネ」)と、科学が同居していても、おかしくありません。
 これは、20年前には思いもよらなかった発想です。

 うる星の視聴率から考えると、とてもたくさんの人が、うる星を見ていたはず
です。その人達は、なんとなく、こういうことを感じたはずです。そして、キツ
ネと科学が並んでいても、「非科学的!」などと言わない心をいだくようになっ
たはずです。

 そうして、違和感を感じなくなった人達は、自分の欲求のために科学をどんど
ん使いこなすでしょう。そして、人間が無理をして科学に合わせなければならな
いような(20年前の流儀の)科学を拒否するでしょう。

 これが、うる星が「現実」に与えた影響だと考えるわけです。

 現実に、こうしてアニメの話をするためにパソコン通信(20年前なら国家機
密情報でも送れそうな超ハイテクシステムです。個人の無駄話に使えるものでは
ありません)を使っていること自体が、うる星によってもたらされた「現実」だ
と思うわけです。

 by さあ、意見をじゃんじゃんちょーだいのオータム/MAP799

ついしん:こら! 人の話をうのみにしている君! 間違いさがしでもしてみた
まえ! だれも、これが正しいと保証しているわけではないのだよ。
 え!? よかったさがしの方がいいって? こりゃまた失礼しました。