#67 Article 3099 Posted at 1997/05/06 01:07:24 by WAK (MAP5274) [MITINOKU]

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30日朝は秋田でお目覚め。雨模様。朝の秋田駅は、通勤通学客を乗せた電車
で結構賑やか。田沢湖線も、701系5000番台が活躍。
 そんな中、0802発の特急「こまくさ6号」で、一路湯沢へ。湯沢到着0911。

 かねて打ち合せの通り、羽後町役場に電話。車で数十分の所をわざわざ迎え
に来てくれた。西音馬内(にしもない)の先、一軒の屋根の高い倉庫のやうな建
物の扉を開けると…。

 今は無き羽後交通雄勝(おがつ)線のデハ3が、鎮座してゐる。1927(昭和2)年
蒲田車輌製の木造単車、ポール集電。状態、さほど悪くなし。車内は奇麗に整
備されてゐる。抵抗器の箱を開けると、結線は現役当時のまま!車軸は錆びて
ゐたが、軸箱の蓋は今でも開く。役場の人も、鍵は保管してゐるが、なんで残
されてゐるのかよく判らないとの事。因みに、ファンが訪れるのは年に2,3人と
か。採寸、撮影。屋根キャンバスも新品に貼り変へたらしく、美しい。
 運転台のコントローラーには、三菱の銘が入ってゐる。台車は、定評あるブ
リル21E。なりは小さくとも、使はれてゐる部品は高級品のやうである。美しく
今にも動きだしさうである。見た目は、弘南電鉄の現役車輌の方が傷んでゐる
位。
 それにしても立派な建物である。だから、保存状態もよいのだらう。因みに
ここは、雄勝線のかっての終点、梺駅の跡。建物の外には腕木式信号機も錆び
てはゐるが、残ってゐる。むしろ、南部縦貫鉄道の腕木式信号機よりもしっか
りした感じ。湯沢方面を向いてゐるのは現役当時のまま。
 ところで不思議なのは、なんで梺駅の痕跡が、これだけはっきりと残ってゐ
るのか、といふこと。といふのは、雄勝線の廃止は1973(昭和48)年、ところが
それよりはるか昔、梺-西音馬内は廃止されてゐるのである。また、電化され
てゐた当線も、晩年は内燃化されてゐたといふ。木造電車と信号機、よくぞ今
まで残りけり。

 その後、あちこち案内して貰ってから、また湯沢へ。1236発快速かまくら3号
で横手へ。そこから1303発特急「こまくさ10号」で山形へ。奥羽線は、かなり
地形が急峻。駅舎の荒れた、今や離合不可能な無人駅が目に付く。
 泉田あたりに出ると視界が開ける。そして新庄。構内には転車台があり。目
にしたラッセル車は、DE15 1526、同2523、DD14もゐる。
 秋田寄りには、赤レンガ車庫もあり。もちろん現役。ホームには危険品庫も
あるが、これが何とレンガではなく石積み。
 さうかうする内に列車は山形へ。到着は1513。奥羽標準軌に乗り換へ、高畠
で、山形交通高畠駅跡地の所在を聞くと、遠いといふ。すでに夕方。翌日の石
越方面に出る計画は中止。高畠の取材は明日に変更。これが実に良い結果をも
たらすことにならうとは…。

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