#6 Article 384 Posted at 1989/09/10 00:53:22 by ISAM (MAP1129) [RANMA]

Subject: らんま、ですか? 「メディアを愛が包むと

エンターテイメントは死ぬ」というのはどうでしょうかね?
 ファンの人には申し訳ないのですが、僕自身の中では高橋留美子という人は殺し終わ
りました、つまり今現在ファンではないないということです。
 これが根本氏のおっしゃる一般人に当てはまるかどうかは別にして、少なくともそう
いった愛情を持ってテレビ(漫画も)を見てはいないことはたしかですね。ただし、こ
れはアニメ(映像)というメディアに対する、どちらかというと屈折した思い入れや、
どうせ見るなら登場人物に可愛い絵柄の女の子が多いほうがいい、という好み(しかし
、これが実写になると、かっこいい野郎が出るのが良い、と逆転してしまうところが2
次コン的な気がするのですが)は抜きにしてです。
 そうした状況での感想を言わせてもらうと、何度も言っていることですがアニメの方
が原作よりも優れているというのが率直な意見です。
 オープニングアニメのカンフーの動きがいかに、おなざりでぎごちなかろうとも、や
はりああいった題材が映像メディア向きなのは言うまでもないことだと思います。
 しかし、それがそういう関係ではなく土曜7時半という時間帯に放映される番組とだ
け考えたときに、金曜5時半に降ろされたと聞いて、それはむしろしごく当然のことの
ように感じたことも事実です。
 まるで謎かけのようになって申し訳ないのですが(これは僕の表現力の無さゆえです
ね)、原作どおりだから良い、というものでは決してないわけです。
 例えば、毎週なんの収束力も持たずに放り出されるラストや、パターンで間の抜けた
、又は冗長性の残す手抜きな演出。これは、幕間を読める力か基礎知識がなければとう
てい楽しめないもののような気がします。
 また、とっぴで暗示的な比喩を突然使ってみたり、時間的な説明不足、内輪受け的な
感情表現など、しょせんはマニア受けの作品だろうと考えさせる点も多々あります。
 しかし、そうした場合に、それが最も悲劇的になりうるのは制作者側がそれに気がつ
いていないときでしょう。
 マニア受け結構です(僕は十分楽しい)しかそれゆえに作品自身が不遇な状況に追込
まれる可能性が高いということも自覚しなければならないのも事実でしょう。

PS.
 ファン気質の本質的な部分が絶対化にあるとすれば、「らんま」のスタッフ即ち高橋
留美子ファンという仮定によって、それが自己相対化(ようするに、腹が減ったときに
、飯を食いたい、と思うのよりも。俺は腹が減っているのだ、と考える方が相対化の度
合いが高い、というヘーゲルの理論だそうな。すんまへんルディ・ラッカーのファンな
もんで)の欠如という形で現われうる、ということ決めつけてしまったような気がしま
すね。
 僕、個人の好みの問題であると片付けてもらって結構ですが、これは「らんま」の香
港映画的な側面というのに気がつかざるえないというときに、ルーミックのファンであ
るよりも、ジャッキー・チェンのように、その魂をエンターティメントを捧げてほしい
、という手前勝手な思い込みが出てくる、というだけなので、好みじゃなくて思い込み
です、この項重要ね。

フジ5時半のラインナップを見たら、ほかは悪夢のようだった、げっそり ISAM