#38 Article 2361 Posted at 1992/06/27 23:50:20 by ASA (MAP2105) [NEKOME]
Subject: 「猫目忍法帖」(巻四ノ六)
そのとき、玄蕃の足元の土が跳ね上がった。白光が足元を薙ぎ、玄蕃が倒れる。 「五遁斎どの!」 顔は見えなかったが、二人にはわかる。相手の目の届かぬ地中から忍び寄って、 足首を断つのは、四人衆のリーダー格、猫川五遁斎の得意技だ。 だが、顔を出した五遁斎の目の前に、玄蕃の足首はない。 見ると、倒れているのはすでに五体を内部にしまった甲羅だけだ。五遁斎の斬 撃より一瞬早く、玄蕃は足を引っ込めていたのだ。 「ここはわしにまかせろ。おぬしらは宮さまをお救いするのだ」 「承知」 透丸とお振は、この隙にと逃げるお銭を追って地を蹴った。 その足首を、何者かがはっとつかむ。倒れた透丸の足元の土を割って現われた のは、誰あろう赤亀玄蕃だ。 「何と!?」 玄蕃の甲羅はまだ五遁斎の前に転がっている。はたして、玄蕃の背に甲羅はな い。 「見たか、忍法空亀!」 透丸とお振を引きずり倒し、地面から飛び出した玄蕃は見る間にお銭に追い付 いた。その手から受け取った宇佐宮を小脇に抱え、玄蕃は一飛びで塀の上に立つ。 「待ちなさい!」 「追うな、お振。あれでは手出しできぬ」 五遁斎に制止され、お振は歯噛みした。 「ようやった、お銭。安心して死ね!」 お銭は投げられた苦無をかわそうともせず、この酷薄な賛辞にうなづいた。そ うなのだ。この場に一人残れば殺されないまでも捕らえられ、仲間の容易ならぬ 秘密を吐かされるだろう。それよりは、任務を全うした誇りを胸に死を選ぶ。そ れが忍者というものだ。 お銭の――いや、松川の方のたおやかな腕が弧を描き、われとわが喉を貫く瞬 間、背後から忍び寄った透丸がその手首を捕らえていた。 「殺せ!」 「そうはいかない。いろいろ聞きたいこともあるんでね。それに――」 透丸はじっとお銭の目を見た。 「君みたいに美しい人が死に急ぐものじゃない」 ばかな、と言いかけた瞬間、彼女の口に手拭が挟みこまれた。殺し文句が死な れない役に立つ。 「よくやった、透丸」 夜空に響く呼子を聞きながら、五遁斎は重々しくつぶやいた。 「今度は、我らがきゃつらを追う番だ」 しかし今夜の戦いでは亀口左近を倒し、お銭を捕らえはしたものの、味方は猫 村巳右衛門と猫山力十郎を失い、あまつさえ宇佐宮まで奪われている。この星取 り表、あきらかに猫目に不利だ。 ―― 巻五ノ一につづく ――