#38 Article 2358 Posted at 1992/06/24 19:23:34 by ASA (MAP2105) [NEKOME]
Subject: 「猫目忍法帖」(巻四ノ四)
はじめ力十郎は、不器用に屋根を歩く足音を味方のものと思った。甲羅の忍び なら、こう手間をかけるはずがないからだ。警護隊の侍の誰かが、手を貸しに出 てきたのだろう、と考えた。 だから背を向けたまま、 「志はありがたいが、よしたがいいぞ。撃った勢いで転がり落ちるが関の山だ」 「するとその抱え筒とやらは、やはりおぬしにしか扱えぬのか、猫目の忍者?」 返事を待たずに放たれた弾丸をかわしえたのは猫目谷四人衆ならではであろう。 背後の人物の言葉に不審を感じた瞬間、彼は横へ身をひるがえしていた。 巨体に似合わぬ身のこなしで跳ぶ力十郎を、さらに二撃、三撃が見舞う。一発 は確かに当たったが、力十郎は倒れない。『抱え筒』に使ったのと同じ紙で作っ た、即席の鎧の威力である。 「ちっ」 アメ♀カ製の六連発銃を握った射手は、いうまでもなく亀丸天理軒である。屋 根に立った足は危なげだが、引き金を引いたまま左手で撃鉄を続けざまに弾く扇 射ち(ファニング) の手付きは、意外にしっかりしている。 四発目の銃声が響いたとき、力十郎は屋根の下に身を踊らせていた。 「……あれで足をくじきはすまいなあ」 天理軒は足元をうかがいつつ、おそるおそる進んでいく。力十郎の襲撃を警戒 してではない。自分が足を踏み外すのが不安なのだ。 「どこへ行きおったか……」 飛び降りた力十郎の姿は見えないが、彼の放った光り玉は、まだ宙天に輝いて 天理軒の姿を照らし出していた。屋根の上であれだけの体術を発揮できる力十郎 は構わないが、一歩進むにも難渋する天理軒には致命的ともいえる。 「邪魔だな」 光り玉に銃口を向けて、狙いをつけること三秒。銃声が響くや否や、力十郎が 屋根の上に飛び出した。天理軒が引き金を引いたときこそが、力十郎を狙うこと のできない瞬間であった――その一瞬を待って、彼はひさしの下にへばりついて いたのである。振り上げた苦無がまさに天理軒の背に突き刺さる―― しかし、同時に天理軒の射線があやまたず光り玉を貫いていた。光り玉は閃光 とともに弾け飛ぶ。突然の力十郎の出現に、振り向いた天理軒は自然、光に背を 向けた形になり、逆にそれと向かい合う形になった力十郎は、もろに目をつぶさ れた。 敵味方とも突然の爆発に驚いて、一瞬怒号も、打ち合う剣の音も静まった刹那、 天理軒の銃が火を吹いた。猫山力十郎は額を射ち抜かれ、声も立て得ず屋根から 転がり落ちた。 「これであの『抱え筒』とやらは無用の長物か。あわれなり、猫目の忍びよ」 暗闇に天理軒は低くつぶやき、銃口から立ち上る硝煙をふっと吹き飛ばした。 ..