#38 Article 2356 Posted at 1992/06/20 09:11:26 by ASA (MAP2105) [NEKOME]

Subject: 「猫目忍法帖」(巻四ノ三)

本陣に侵入してきた甲羅党は、二十人を超えるだろう。先の陣太夫の騒ぎで起
き出しているものは多かったが、昼間の行軍の疲れもある。暗闇からのこの襲撃
には、ほとんどの侍がなす術を知らなかった。
  漆を流したようなこの暗さも忍者にとっては薄闇とかわりない。あわてふため
く侍たちは大根のように斬られた。その悲鳴が、混乱に拍車を掛ける。うろたえ
てやみくもに刀槍を振り回し、同士討ちをしている者たちすらいた。
  お銭の亀呼子の音が響いたのはこのときである。
  「上首尾なれど助けが必要なり」
  笛の符丁をこう読んで、玄蕃が会心の笑みを浮かべたとき、ドン! と轟音と共
に天空に青白い光の玉が浮き、あたりをこうこうと照らし出した。
  しかも、花火らしきその光球が、宙に浮いたまま落ちてこない。――光り玉に
火薬の力で回る二枚の羽をつけ、空中で安定させていると言う原理を聞けば、彼
らよりも現代人のほうが驚くであろう。ルネッサンスの偉人レオナルド・ダ・ヴ
ィンチならいざしらず、この時代の日本にヘリコプターの発想があったとは。
  続いて、二発目を撃つ音が響いた。
  「屋根の上か!」
  今度は甲羅党にも射手の姿が見えた。屋根の上に仁王のごとくそびえ立つ巨漢
のネコ型アニマロイド――猫山力十郎。
  「わはは、夜歩き好きのカメどもにはまぶしかろう!」
  彼は豪快に笑うと、小脇に抱えた筒についたひもをぐいと引いた。ズドン!今
度は光るだけの照明弾ではない。玄蕃のすぐそばに爆風が吹き上がり、何人かの
下忍が吹き飛ばされた。
  「見たか、猫目忍法抱え筒。もう一ちょう行くぞ!」
  力十郎は今撃った筒を放り捨て、かたわらの山の中から別の一本を取り上げた。
彼はどこにこれほどの武器を隠していたのか? いや、隠していたのではない。
彼はこのおびただしい数の「抱え筒」を、いままで昼夜兼行で『作っていた』の
である。
  その材料は猫目谷から力十郎自身が持ってきた『紙』である――むろん、ただ
の紙ではない。独特のニカワを何重にも塗り付けた、鋼のように頑丈な紙だ。一
発しか撃てない欠点はあるが、同じものを鉄で作るよりも機動性においてはるか
に勝ることは言うまでもない。しかしこれは、忍者というより現代のテロリスト
的だ。
  「あの男を斬れ!」
  玄蕃の叱咤が飛び、三人の下忍が走った。しかし屋根に飛び移った瞬間、三人
が三人とも胴を斬られ、六つの固まりとなって転がる。忍法村雨――猫飼内記だ。
  「注意が足らぬぞ、力十郎」
  「おぬしの分を取っておいてやったのよ。礼を言え、内記」
  礼のかわりに、あたりに銀蛇が荒れ狂い、甲羅の下忍たちが体のそこかしこか
ら血の霧をしぶかせて倒れる。
  「おのれ、猫目谷衆……」
  物陰に退いて歯噛みする玄蕃に、呼び掛けた者があった。
  「どうした、自慢の甲羅忍法、ちっとも冴えんではないか」
  学者風の総髪、異様に広々とした額――亀丸天理軒だ。
  「何をしに来た」
  この男の忍者としての無能さは今に始まったことではないが、鵜沼で彼が見せ
た醜態を思い出すと玄蕃は歯ぎしりさえしたくなる。そのくせ、まるで反省の様
子というものがない。ないどころか、今この場でさえ人をばかにしたような言辞
を弄する始末である。親切のつもりで後詰めに回したのに、なぜ今頃しゃしゃり
出てくるのか――玄蕃が不機嫌になるのも無理はなかろう。
  「これは御挨拶。あの大筒男を退治にきたつもりじゃが、どうやら邪魔なよう
だの」
  退治にきた、と聞いて玄蕃の表情が動いた。
  「待て、本当にあれを倒せるのか?」
  「こやつの威力を忘れたか?」
  天理軒は、懐に手を差し込むと何やら取り出して見せた。暗闇の中に鈍く光る
それを、忍者ならではの眼力で見分け、玄蕃はしぶしぶうなづいた。
  「やるがいい――」