#38 Article 1062 Posted at 1991/03/29 16:22:20 by ASA (MAP2105) [NEKOME]

Subject: 「猫目忍法帖」(巻一ノ一)

十月とはいえ、まだ日射しの強い中仙道。加納の宿から鵜沼の宿へ向かう道筋は、
行列で埋め尽くされている。
 その街道の脇に立つ樹の上で、三人のネコ型アニメロイドが握り飯を食いながら、
行列を眺めていた。二十そこそこの若党二人に娘一人――見つかれば、無礼討ちに
されても文句は言えない。
 その中の、人なつこそうな顔つきの若者、猫田七太郎が感心して言った。
 「全くすげえ行列だなあ、透丸(スカシマル)……いつまで見てても途切れねえ。」
 少々冷たい感じのする美少年、猫江透丸が答える。
 「さすが天子さまの妹ともなると、違うもんだ。」
 紅一点のお振も羨ましげに、
 「ああ、あたしもこんな豪勢な嫁入りがしてみたいわ。」
 と七太郎、いたずらっぽく笑って、
 「お振じゃムリムリ。第一、嫁の貰い手がありゃしねえ。」
 「そうそう、所詮僕らには縁のない話だ。」
 「何ですって?」
 ぎろりとにらむ目つきには並の男よりよほど迫力がある。こりゃとんだ姉御だ。
 と、七太郎が不意にかなたを指さした。
 「おい、宇佐宮さまって、あれか?」
 「あれって、お前……。」
 「ばかねえ、七太……宇佐宮さまがそのへんにひょこひょこ顔を出すわけないじゃ
ないの。」
 透丸もお振もまるで興味を示さない。七太郎はむきになって、
 「ちぇっ、バカバカと気安く言いやがって! じゃあ、あの上等の篭から顔を出し
てる美人はどこの誰なんだよ?」
 えっ? と二人は七太郎の指さす方に目を凝らした。

 「やじゃっ! 宮はやじゃ! 都に、兄上のもとに帰るのじゃっ!」
 「宮様、そう無茶を仰せられても……。」
 これで一体何度目であろうか、長大な行列のなかのひときわ豪華な篭の前で、弱
りきった表情の犬型アニマロイド、犬山田中守(デンチュウノカミ)は目を白黒とさせてい
た。
 宇佐宮は篭の中。いきおい田中守は篭を追い追い、彼女をなだめることになる。
すでに頭に白い物が混じり始めている田中守は、カメ型の担ぎ手の実にゆっくりと
した速度にほっとしていた。
 「とにかく、江戸までは今しばらくでござります。宮様には、慣れぬ長旅の辛さは
重々お察し申し上げまするが、なにとぞご辛抱下さりますよう――。」
 田中守が言い終わらぬうちに、
 「そうじゃ、もう篭は飽きたぞよ。わらわは馬に乗ってみたい。」
 御簾が上がり、篭の主が顔を出した。薮蛇をつついた! 田中守の舌打ちなど耳
に入った風もなく、宇佐宮は夢中で馬の品定めなどしている。七太郎が彼女を見つ
けたのは、ちょうどこのときだ。
 その美しさを何に例えたらいいだろう。皇妹宇佐宮、この年十七歳。抜けるよう
に白い肌、頬にほんのり差した赤味、きらきらと絶え間なく輝く瞳――まったく、
見せられないのが残念である。こういうことにならないようにつけられているはず
の田中守すら、しばし見とれたほどだ。
 「どの馬もまたとない名馬揃いじゃのう。どれがいいか、迷ってしまうぞよ。おお、
あのぶち馬などかわいらしいものじゃ。あれで飛ばせば江戸などすぐに着くであろ
うに……。」
 まったく、気紛れなものだ。つい今しがたまでその江戸行きを厭って騒いでいた
のはどこの誰だか。

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