#35 Article 683 Posted at 1991/06/17 01:36:21 by 根本 剛志 (MAP1144) [NO.080]

Subject: Re: Re: Re: 第80話「レオタードは乙女の呪い」 /679 /677 /675

スレッド関係
元スレッド #35/675 — 「第80話「レオタードは乙女の呪い」」 1991/06/14 22:09:20 · yone · MAP2136
先週に引続き、ストーリに関しては何も申しません。(^_^;) さすが、磯野智先生、キャラクターが可愛いですね~~、今回は小太刀が目立って可 愛かったような気がします。あと、サブキャラクターも見逃せませんね。:) あ、天 道あかねちゃんは、磯野先生ですから、可愛いのは当たり前です。:) まぁ、今回の目玉は、やっぱりレオタードでせう。:) (実は、僕、いやらしいです。 あ、知ってました? (^_^;)) 次週(第81話)の作画監督は、MMに…
     参照 #35/677 — 「Re: 第80話「レオタードは乙女の呪い」 /675」 1991/06/15 03:10:28 · あかねちゃん · MAP641
>いやぁ、根本師匠がずっと前に仰っていた、「"らんま1/2"は"めぞん一刻"です。 >」が、やっとわかりましたよ。"らんま1/2" is "めぞん一刻"だと語弊があります >が、"らんま1/2"は、かなり"めぞん一刻"に近いということがやっとわかりました。 ちょっとばかり違うんですけどね。(^_^;) ごくごく初期に限っていうと、展開自体がうる☆というよりはめぞん、という程度の ことであって、でしょうか。ただ、らんまもめぞんもそれぞれが…
         返信元 #35/679 — 「Re: Re: 第80話「レオタードは乙女の呪い」 /677 /675」 1991/06/15 23:12:10 · yone · MAP2136
おお、あかねちゃん師匠復活しましたね。 では、まぢめにresを書きますね。 > ちょっとばかり違うんですけどね。(^_^;) う~ん、わかってないですね~~ :) らんま1/2のはじめ、最近にかかわらず です、"らんま1/2"は"めぞん一刻"にかなり近いです。 具体的に書くとボロが出るかも知れませんが、(^_^;)、 特に挙げられるのが、登場人物のパーソナリティーがめぞん一刻に似ているのです。 (そうですよね? 根本師匠?(^_^;))…
             現在 #35/683 — 「Re: Re: Re: 第80話「レオタードは乙女の呪い」 /679 /677 /675」 1991/06/17 01:36:21 · 根本 剛志 · MAP1144
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最近7週分「らんま1/2」を観てない根本です(^_^;)(手鞠って何だ?(笑))。
 故に感想も書けない状態ですが、ま、来月までは本の執筆編集で死んでますので
その内まとめて観ることにしようと思ってはいるのですけどね(クスクス)。

 では、ちょっとお呼びがかかりましたので首を突っ込みます(クスクス)。

「らんま1/2」が「めぞん一刻」に近いと言うのは、ある意味で高橋センセの初
期の作品世界形勢に負うところが多いと思います。それは「うる星やつら」はドラ
マを展開する作品ではく『キャラクター重視』なのに対し「めぞん一刻」は『ドラ
マ重視』の作品であります。自ずとこの違いは登場人物(キャラクター)に反映さ
れます。

「らんま1/2」キャラクターのパーソナリティが「めぞん一刻」に似ているよう
に見えるのは、その舞台設定、キャラクターの展開と共に『ドラマ重視』な作品作
りが大きなウェートを占めるからと思われます。また逆から考えると『ドラマ重視』
の作品を描こうと考えたら、ああ言うキャラクター展開になった。のかも(^_^;)。

 では「何故『ドラマ重視』か?」については「あかねと乱馬」の物語展開のトレー
スが「らんま1/2」と言う作品の主なるテーマであり、笑いは二次的な副産物と
私は捉えるからです。それ以上に「らんま1/2」は当初、天道あかねと言う不具
な少女の「心の開放」の物語であり「めぞん一刻」の音無響子の惣一郎からの「心
の開放」と言う物語に似ているが為、高橋センセが知ってか知らずか、この「開放」
にまで漕ぎ着ける為の物語を支えるキャラクターの配置が「めぞん一刻」と意外と?
一致しているのが『似ている』と私が公言する理由です。よって「らんま1/2」
が『ドラマ重視』作品になればなるほど「めぞん」的な感想を読者(視聴者)が持っ
てしまっても可笑しくはないのではないか? と。

 もっとも、さっさと天道あかねの「心の開放」は14週で決着が着いてしまい、
以降の「らんま1/2」はゲストキャラクターを注ぎ込んで笑いを展開させ、その
上で「乱馬とあかね」の関係を親密にして行く事に終始しています。この展開「う
る星やつら」でのギャグ・シリアスのローテーションに似ているところがあります
(まぁだからどうしたと言う訳ではないですが)。現「らんま1/2」は「うる星
やつら」25巻以降的なギャグの傾向を今辿ってはいるものの、キャラクターの展
開、が連載開始当時のままである為、結果的に未だ「めぞん一刻」的な雰囲気を残
しているのやも知れません。

 ところで現「らんま1/2」の笑いの取り方が「コメディ」ではなく「ギャグ」
であるための補足を少々。
 本来「らんま1/2」が「めぞん一刻」的な作品なら「コメディ」で笑いを取っ
ても可笑しくはないと考えたりもしたのですが、それでも何故 ギャグか? この
点では「らんま1/2」と「めぞん一刻」はその笑いの志向が違っていると考える
のです。少年誌の「サンデー」もう少し対象年齢の高い「スピリッツ」では編集方
針も違えば、求める笑いも違ってくるでしょう。サンデー連載の「らんま1/2」
が「コメディ」でなく「ギャグ」を求めるのは道理ではないかと。コメディよりも
ギャグの方が笑いを取り易いと言うのが私の(感覚的なものですが)考えです。故
に「らんま1/2」でギャグを追及するとキャラクターがうる星化する。と(^_^;)。
 しかし、既に高橋留美子自体が「うる星やつら」初期のギャグを咬ますことは、
事実上不可能であり、結果として「うる星やつら」25巻以降程度のギャグになる
と。そうなると、ウェット化している為ギャグが鈍化し「めぞん一刻」的に見えな
くもないと・・・(あ~~ ホレホレ(クスクス))

 ここまで書くとyoneさんの考えとはだいぶ違ってくるかも・・・(^_^;)

                            根本 剛志(MAP1144)