#218 Article 203 Posted at 1996/10/15 05:25:25 by ひるま (MAP4988) [NO.13]

Subject: Re:*4 うさぎのさちこちゃん /202 ... /200 /197

これまでの話を観ていて感じてたのは、アニメでやっているのはどうも
「”赤ちゃん”と僕」らしいぞ、ってことで....。
話数が少ないという事なので、それで良いのかなと思ってはいたのですが....。


で、今回の話なんですが、原作のさちこちゃんの話を使って生き物の「死」
というものに直面した時の、拓也と実の反応とか考えとかを描こうとした。
そうすると公治と幸子の話は特に必要ないけれど、削っちゃう訳にもいかず、
拓也達とのかかわりを最小限に留めるという形で描くことにした。

そのために、もともと単独ではたいした話では無い公治と幸子の話は、
いくらか膨らまされてはいたものの、見事に中途半端。

で、関係ない話やっちゃたおかげで本編の「死」との対面まで中途半端。
実は、あのぐらいの年齢で漠然とでも「死」というものを感じることが出来る
子供もいますが、ああいう風な描き方も自然なものかもしれません。
しかし、このシーン自体が取って付けたような印象を与えているために、
単に「ありがち」な表現をしているだけ、と思えてしまいます。


「ありがち」とか「お決まり」が悪いと言うのではもちろんありません。
そういうものが全くない作品って今はほとんど無いだろうし。
どんな表現も問題は使い方で、「ありがち」と思わせないように使うとか、
逆に意識させることによる効果を狙うとか、色々有るんでしょうけど。
ただ、どうも「リアル」と「ありがち」を混同してる人が作り手の中に
いる様な気がするのですが。それも小説やドラマ等のフィクション(漫画は
含まないらしい(^^;)の中で「ありがち」な事と。


話を戻しますが(初めからずれた事書いてるかもしれませんが(^^;;)、
拓也の反応も理解し辛いです。実にとっては今回が「死」との実質的な
ファースト・コンタクトですが、拓也にとっては、母親の「死」を経験
した後のセカンド・インパ^H^H^Hコンタクトのはずなのに。
原作だと追い討ちって感じになっててショック大きいだろうけど。
実にどう説明したら良いのか「わからない」という事かとも思ったけど、
それにしちゃ大袈裟だし、やっぱり違うみたいだし。

どうしてオリジナルの話にしなかったんだろう?
全然違う話に作り替えてまで、さちこちゃんの話を使った理由って何?
まさか本当に、動物が死ぬ話だからってんじゃ無いだろうなぁ。


ごめんなさい(;_;) ちょっと切れてるんです(;_;)
アニメのスタッフだって何かちゃんとした意図があって原作と変えたんで、
それが私には解らないだけ、じゃないかとは思っているんですけど....。
やっぱり好きな話が全然違う話になっちゃって、その理由が解らないのは
悲しいです(;_;)


菊子ちゃんの話は別に幽霊がどうとかいう話じゃないでしょう。
実は幽霊とは思ってない(幽霊が何かも知らない)し、拓也も夢なのか
そうじゃないのか判らない、けれどなんだか心が暖かくなるような事が
あった様な・・・と、そんな風に感じただけじゃないでしょうか。
拓也は、そこで幽霊の存在云々に考えをめぐらす様な子じゃないです。
(ゴンちゃんあたりなら大騒ぎするかもしれませんが(^_^))

ですから母親が幽霊になって、何てことは考えないでしょうし、こちらも
考える必要はないんじゃないでしょうか?
実はもちろん、拓也だってそんなに母親に飢えてる訳じゃないでしょう(^^;

あ、でもアニメだとまだママが死んだという事をかなり引きずってるようにも
見えるんだよなぁ。うーん....

この話はほぼ原作通りだったんだけど、さっき書いたように私にはアニメの
スタッフの意図が理解出来てないので、アニメの赤僕のコンセプトは解りません。
ですから、「アニメ・赤ちゃんと僕」の世界にマッチしているかどうかは
個人的にも判断つきません。

しかし私個人の考えとして、このアーティクル中で唯一(^^; 断言できるのは、
原作において菊子ちゃんの話は、間違いなく『赤ちゃんと僕』であるという事です。
このことには何の疑問ももっていません。

#まあでも、捉え方は人それぞれだよね(^^;ヨワ

    長くなってすみませんm(__)m     ひるま