#212 Article 321 Posted at 1996/05/20 03:12:23 by 輪違聡司 (MAP3135) [NO.05]

Subject: Re:*13 すれちがい /320 ..... /247 /244

私的な感覚の話で、失礼します。

 (あくまで)私の場合、「批判」だったら、いくらなされても気にしません。
 むしろ、いろんな作品について、どんどんそーゆーのは聞きたいです。
 「ケナシ」はヤですけど。

 「否定的な意見を言いながらも、その向こうに、作品に対する、その人なりの
『在るべきビジョン』が存在している」のが「批判」かなー、と。
 (辞書的な意味とは違うかもしんないですけど^^;)
 で、「単に、ある作品の価値を引き下げようとすること」が「ケナシ」かなぁ。


 まー、もしかしたら、「批判」と「ケナシ」って、紙一重のトコロにあるのかも
しれない……「批判」のつもりが、調子に乗って「ケナシ」臭くなっちゃった……
なんて、ありがちな気がするし、実際私も覚えがありますし^^;
 ビジョンを失って、「ケチつける行為」が目的化しちゃうのですね。

 これは処世術の範疇かもしれないけど、そーゆーのは、言葉使いや表現の仕方で
多少回避できるかな、って気はしますけどね^^;
 それは「ダマシ」に近いのかも知れないけど…取り付くシマがある分いいやぁって
思っちゃいます。コミュニケーションには、形もある程度重要じゃないかと^^;
 「言葉柔らかに酷評できるよーになる」のが、私の個人的な目標だったり(笑)


 ……って、話がスゲェずれちゃいましたが………^^;

 で、件のまちばりさんの書き込みを読んだんですけど、私は別にイヤな気はしな
かったです。まちばりさんなりのビジョンが見えましたから。
 キツイところはあるようでしたが、少なくとも「ケナシ」じゃないなぁ、と。
 そのビジョンが正しいか否か、どー捉えるかは、別の話です。
(ちなみに私は、問題の回は見ていませんから、そこの判断は出来ませんデス^^;)


 まぁ、多分に個々の感覚の問題はあるのでしょうけど………
 結果的にでも、「批判」と「ケナシ」を同程度で捉えられてしまうと辛いかな、と
思います。共に「悪しき物」といった感覚になってしまって。

 …「批判」を量で捉えてしまうと、そのあたりの間違いが起き易い気がします。
 個々の質で捉えるべきではないかなぁ、と。

 …まぁ、その「量」が力を持って、いつの間にかボードの方向性を支配しちゃう
(みんな流されちゃう)ってのはよくありますけど……みやちゃんさんの発言が、
そういった風潮に対する問題提起なら、その意義も理解できるな、とは思います。


 ともあれ、ビジョンについて互いに話し合えさえ出来ればいいんじゃないでしょう
か。どーしたって見方が全員同じってコトはないわけですから。
 特定のビジョンが絶対化しちゃうのはナンだし、あるビジョンそのものの発露を
少なくしてくれ、って言うのもナンですし。

 他人のビジョンから、自分の気付かなかったことを見い出す…ってのが理想的、
かな。


 あと、これは余談ですけど、他人の文章を読んで不快感を感じることがあったら、
では自分は他人に対し不快感を与えるよーな文章を書いたことはなかっただろうか、
と振り返れるくらいの余裕があるといいなー、なんて思います。


 ……全然水色の話じゃない^^;(見てないんですもんシクシク)


 我ながら矮小な価値観のよーな気もしないでもないんですが……


                             わちがいそうじ。