#210 Article 14903 Posted at 2000/09/25 06:32:48 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TV]

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そして“女の子”“メカ”“ギャグ”といった、当時のアニメファンを納得
させる要素のつまった作品が登場しました。

『うる星やつら』(1981/10/14~フジ)キティ・フィルム
 高橋留美子が「少年サンデー」に連載したラブコメのアニメ化。高橋は日本
女子大在学中に小池一夫の劇画村塾で修行。'78年に『勝手なやつら』という
『うる星』の原型のような作品が第2回小学館新人コミック大賞佳作に入賞し
デビュー。同年『うる星』を連載開始した。
 高橋は「『うる星やつら』は、子供の頃から描いてみたかったものを、ぶち
まけた作品でしたね。空を飛べたらいいなあ…と、あと先考えないで思っちゃ
うところが私にはあって。空を飛べるなら、地球の子じゃないな、よその子だ
なと。そんな想像からラムとカミナリさまのイメージがつながったんです。」
「『うる星やつら』は、1回の読み切り小噺を8年間で3百話以上も続けたわ
けで、パターンにはまらないようにと、苦労しましたね。ギャグにはパターン
があって連載が進むにつれて、読者も私もそのパターンに慣れてくるんです。
ここで笑わせて、ここでオチをつければいいじゃん、と自分で読めてくると、
面白いと思えなくなってくる。今度は、そのパターンをはずすことに努力と忍
耐をそそがなければならない。みんなはここで笑うと思うだろう、そうではな
い、あっちで笑うんだぜと、どんどん作っていかなくちゃいけないんです。」
と述べている。
 アニメは、'84年9月までスタジオぴえろが、以後をディーンが制作した。
チーフディレクターは押井守が'84年3月まで務め、その後がまとして、作画
監督として参加し、演出に回ったやまざきかずおがチーフディレクターを担当
した。キャラクターデザインは高田明美が担当し、原作とは違った魅力で好評
だった。また、各話の作画スタッフが個性を発揮して作った、オリジナリティ
あふれるギャグやパロディも高く評価された。
 押井守は「僕が覚えているのは、『うる星やつら』がスタートして半年ぐら
いまで、非難轟々だったことかな。毎朝、スタジオに入ると、ダンボール箱2
つぐらいに視聴者からの手紙が送られてくるんです。その8割は脅迫状。カミ
ソリやカッターナイフの刃はあるし、中には延々1時間ず~っと罵詈雑言が入
ったカセットテープもあった。本当にうんざりしました。気も滅入ったし…。
もう、2クールぐらいでクビかなって思った。けれど、半年経ったら(視聴者
の反応が)劇的に変わったんです。その頃から、丁度(制作)現場の態勢が整
ってきた。やりたいことがスケジュールにようやく追いついてきたんですね。」
と語っている。
 高田明美は「基本的に人の絵は描けないんですよ。『うる星やつら』の時は、
当時出ていた数巻の(原作)単行本の中から、私なりにエッセンスを取り出し
て作っていきましたから、結局私の方に引き寄せて描いたことになるんでしょ
うね。」と語っている。
 製作会社の“キティ・フィルム”が、レコード会社“キティ・レコード”を
母体としているため、音楽面も充実していた。オープニング主題歌は「ラムの
ラブソング」「Dancing Star」「パジャマ・じゃまだ!」「Chance on Love」
「ロック・ザ・プラネット」「殿方ごめん遊ばせ」とかわり、エンディングは
「宇宙は大ヘンだ!」「心細いな」「星空サイクリング」「I, I, You&愛」
「夢はLove me More」「恋のメビウス」「Open Invitation」「エヴリデイ」
「Good Luck~永遠より愛をこめて」とかわっている。

 これ以前はアニメの主題歌の変更などはめったに無かったと思うのですが、
『うる星』以降1クール毎に主題歌も変更するといったことが多くなり、唄も
アニメとは無関係のポップス系のアーティストの作品が使われたりするように
なりました。曲のジャンルが増えたのは良いけど、変更する間隔が短くなり、
すぐに忘れてしまって歌えないアニメ主題歌が多くなったのには閉口します。
『金田一少年』の主題歌なんか、ほとんど忘れてる気がするんだけど…。その
後番組の『犬夜叉』は、どんなもんなのかな?
                        21世紀まで、あと98日    高木志郎アオ