#210 Article 14742 Posted at 2000/05/26 06:40:39 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TV]
Subject: Re:*4 1976 /14739 ... /14736 /14733
>>『UFO戦士ダイアポロン』(1976/4/6~TBS)エイケン
>へぼへぼなロボット、ビンボ臭い絵柄と雰囲気が。
芦田豊雄!(笑)
>たしかこの頃はUFOブームの前後だった頃でなんでもかんでも
>UFOに引っかけてたのかなぁ。
「日清焼きそばUFO」のCMに「昔オレが夕焼けだった頃…」という芸人の
松鶴屋千とせが登場して話題になったのが1976年だそうです。「わかるかなァ
わかんねェだろなァ」
ちなみに、ピンクレディの「UFO」は1977年末発売で、'78年の年明けに
大ヒット、同年の第20回レコード大賞を受賞したということです。
>『超電磁ロボ コン・バトラーV』(1976/4/17~NET→テレ朝)東映
>ぬえの出世作?
それまでも、宮武一貴が『マジンガーZ』の内部図解を描いたり、ぬえ最初
の作品『宇宙戦艦ヤマト』で松本零士のラフのクリンナップやオリジナルメカ
のデザインをしたり、『勇者ライディーン』などに協力したが、当初は名前が
クレジットされることも少なく、ぬえの名はあまり知られていなかった。
が、'76年頃になると「SFマガジン」のイラストや「ハヤカワ文庫SF」
の表紙や挿し絵で、スタジオぬえ、宮武一貴、加藤直之の名は知られるように
なってきた。
『コン・バトラーV』での、バトルジェットからバトルクラフトまでの全部の
図解は迫力があった。また、スタジオぬえはメカデザインだけではなく、SF
考証や文芸的なアイデアも提供し、作品の雰囲気を盛り上げた。
竹川公訓(現在の高千穂遥)は「安彦さんがキャラクターデザインしたもの
を『ヌエ』でメカ設定をしました。とにかく、放映までの時間が切迫していた
ので担当の宮武一貴がサンライズに泊まりこみで、本体、基地の内部、出撃の
パターンなど、つぎつぎと設定書をつくっていきました。長浜さんの注文がこ
まかくまた適確なので、効率よく仕事ができました。毎回、ゲストキャラ、銃、
車など約4点ずつつくっていきました。メカデザインを設定する場合、与えら
れた条件を満たしながら、りくつに合うようにつくらねばなりません。たとえ
ば、強力武器を備えつけた重量級のロボットが、地球から宇宙まで飛んでいく
場合、燃料、エンジンなどが視聴者にもわかりやすく、納得されるようにでき
ているか、きちっと設定しなければなりません。このように、最近のアニメは
受け手側のメカ知識が豊かになり、つくり手も専門的な設定が要求されるよう
になりました。」と述べている。
というわけで、『コンV』の頃から、ぬえの名が知られるようになったので
“出世作”と言うこともできそうですね。
高木志郎アオ