#210 Article 14698 Posted at 2000/05/05 06:24:37 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TV]
Subject: Re: Re: Re: 1974 /14695 /14693 /14692
4月のアニメ。
『カリキュラマシーン』(1974/4/1~NTV)
人気バラエティ番組『巨泉前武ゲバゲバ90分!』の総監督・井原高忠が日本
版『セサミストリート』を目指し、従来の幼児教育番組の殻を破る新しい試み
として企画した。実質的な総合演出は齋藤太朗が担当、彼はギニョさんとして
自ら番組のメインパーソナリティを務めた。アニメーションの木下蓮三、音楽
の宮川泰ら『ゲバゲバ~』のスタッフが再結集し、作家として浦沢義雄ら多数
が参加した。
アニメーションのパートではゲバゲバおじさんの作者、木下蓮三の手がけた
ポップでシュールなアニメに、東洋現像所(現在のIMAGICA)のスキャ
ニメイトと呼ばれるコンピューターを駆使した新技術が導入された。
「♪あいつの あたまは あいうえお~」で有名な「行の唄」は、作曲者の宮川
が歌い、映像にはニャロメ、レッツラゴンなど多くの赤塚不二夫キャラクター
が登場するが、木下自らが赤塚本人もしくはフジオプロのスタッフと直接交渉
してキャラを放送用に拝借し、アニメ化したといわれる。
『柔道讃歌』(1974/4/1~NTV)東京ムービー
'72年頃、「少年サンデー」はライバル「少年マガジン」にも後発の「少年
ジャンプ」にも部数の売り上げで大きな差をつけられていた。梶原一騎、貝塚
ひろし原作『柔道讃歌』は「サンデー」の低迷を救った。
スポ根ものの巨匠とヒットメーカーの漫画家は、連載第4回目で激突した。
貝塚は「私が梶原さんの原作を、二〇枚ばかりカットしたのが、先方の逆鱗に
触れましてね。ところが、偶然ながらこの回から人気が急上昇しましてね。梶
原さんも不問に付してくれました。」と述べている。
以来、二人のコンビネーションは全快。梶原がユニークな必殺技を考えると
貝塚は荒唐無稽に、道場内に風雲が漂い、青畳が吹き飛び、煙が床下から立ち
のぼるといった描写を工夫し、お互いに相乗効果をあげていった。
「梶原さんには、それ以前に原作した『柔道一直線』を、改めて整理し、完成
させたい、という希望があったようです。ただ、私は柔道を知りませんので、
現実の柔道は描けません、と前もって断っておきました。ですから、梶原さん
の、例えば『空手バカ一代』に描かれているような、シリアスな場面は出てこ
ないわけです。私はサンデーの部数を伸ばすことだけを考えていました」
『柔道讃歌』は'75年4月6日号まで続き、休刊間近と噂された少年サンデー
は、まさに『柔道讃歌』連載中(同時期の作品に『男組』『男どアホウ甲子園』
などがある)、百万部を突破。みごとに立ち直った。
アニメは、『巨人の星』『空手バカ一代』など梶原作品に多く関わった楠部
大吉郎が全体的な作画監督を務め、アニメならではの豪快な演出も見られたが
母・巴輝子という存在がヒロインとして違和感があったのか視聴率はふるわず
結局、全27本と東京ムービー製作の梶原作品の中で最も短命な作品となった。
『魔女っ子メグちゃん』(1974/4/1~NET)東映
チャーミングなヒロイン、対立するライバル魔女、少女漫画的ファッション
センス、西洋風の味付けの無国籍な世界…。『魔女っ子メグちゃん』は様々な
新要素を巧みに取り込み、『サリー』から始まる東映動画の第一期“魔女っ子
シリーズ”を締めくくるに相応しい傑作となった。
企画の高見義雄は「それまでの魔法路線とは全く違う新しいイメージを持た
せた作品を作りたいな、と思いました。ノンという強烈なライバルを登場させ
たり、少女雑誌のグラビアを意識したキャラクター作りを目指したり、演出面
でも、今までにないイメージを1カットでもいいから必ず入れるようにお願い
したんです。」と述べている。
演出の芹川有吾は「最初に無国籍物でやると聞いた時、『これではお寿司と
か盆踊りの話が作れないな』と、少しとまどったんです。でもいざ始めてみる
と、何ということもありませんでしたね。」と語った。設楽博は「ちょうど『
キューティーハニー』が放映されている頃で、あれより控えめで綺麗に可愛く
小粋にいこう、というのが合言葉だったんです。」と述べている。
美術の土田勇は「舞台を西洋風に、という案は高見さんとの話し合いの中で
出てきたものだったと思います。あれについては、『ふだんの我々には見えな
いんだけど、この日本に空間として存在している街』と僕なりの解釈をしてみ
んなに説明したんです。ちょっと現実の世界にはない感じも漂わせた西洋風の
街ということで、写真などは参考にせず、純粋にイメージの中だけで作り上げ
たものでしたね。」と語った。
声優の吉田理保子(現在81プロデュース取締役営業本部長、キャスティング
マネージャー)は、メグが初の主役だったが、荒木伸吾キャラと彼女の声質に
よって、まさしく“可愛く小粋な”メグのキャラクターが形成された。吉田は
同年、『ハイジ』のクララ、『ゲッター』のミチルなども演じていて、キャラ
クターが似ないようにするのが大変だったという。また珍しく女性役になった
つかせのりこの好演で、ライバルのノンは屈指の名キャラクターとなった。
『ダメおやじ』(1974/4/2~TX12)ナック
古谷三敏が「少年サンデー」に連載したサラリーマンコミックのアニメ化。
古谷は自分の奥さんこそオニババのモデルと広言する。ごはんは作らないし
娘ととっくみあいのケンカもする。が、ダンナの古谷は、ダメおやじのように
おびえて暮らしているわけではなく、食事づくりや庭の掃除をアイデア探しも
かねて楽々とこなす。彼自身、主婦の見本みたいな女性は苦手だそうだ。
原作漫画では後半で、ダメおやじは自分の道を見つけて小さな会社の社長に
なるのだが、アニメはそこにいたる以前に放映が終了し、ダメおやじに明日は
来なかった。
『小さなバイキングビッケ』(1974/4/3~フジ)ズイヨー映像→日本アニメーシ
ョン
ルーネル・ヨンソンの原作の持ち味を生かした関修一のキャラデザインで、
外国漫画風に仕上げた作品。童話の挿し絵を思わせる親しみやすいバイキング
たちだった。
窮地に追い込まれてビッケが鼻の下をこすり、パチンと指を鳴らして名案が
浮かぶ設定は『一休さん』を思わせるが、『ビッケ』の方が先である。
『ゲッターロボ』(1974/4/4~フジ)東映
永井豪・石川賢とダイナミックプロ原作の合体ロボットものの先駆。3種類
のロボット形態が登場し、ポピー(現在のバンダイ)の販売拡大の意図も見て
取れるが当時のダイナミックプロのプランニングは見事である。三人の主人公
の登場により、青春群像劇が演じられたのも『ゲッターロボ』の魅力だった。
石川賢の作画によって「少年サンデー」に連載された原作漫画は少年時代に
読んだ世代にとっては忘れがたい作品となっている。巴武蔵の戦死は、アニメ
ではコマンドマシンの特攻だが、漫画のゲッター1の腹を引き裂きエネルギー
タンクを取り出す描写は描き込みの執拗さもあって強烈で、漫画の死にざまを
記憶しているという意見が多い。
プロデューサーの勝田稔男は「毛利元就の三本の矢じゃないけど、三つバラ
バラに戦っていたんじゃ勝利はない、と。つまり、三人一緒に力を合わせると
いう意味での合体なんですよ。それに、三人がそれぞれ操縦桿を握ってるわけ
ですから、気持ちもひとつにしなくちゃならない。だから、三人それぞれに一
長一短をもたせたわけです。観てる子供たちのためにも、非常にそれは意識し
ましたね」と述べている。
脚本の上原正三は「僕はね、ムサシが面白かったですよ。書いてて。豪放磊
落で、一本調子で…ちょっとハズれてて。ヒーローっていうのは、たいてい冷
静でクレバーで、マスクもキッとしていて…っていうのがパターンじゃないで
すか。ムサシは見事に緩んでるんだよね。そういった意味じゃ、ぼく向きのキ
ャラクターでしたね。左脳で理解するんじゃなくって右脳で理解するキャラク
ターっていうか…。」と語る。
演出の勝間田具治は「ヒーローが3人いるっていうのも画期的でしたね。熱
血感のリーダーがいて、ニヒルなやつがいて、太ったコミカルなキャラがいて
…っていうバランスも見事でしたし…うーん。ぼくは、クールなハヤトが好き
だったかな。彼は、ぼくに合っていたみたいで演出しやすかったんですよ、小
松原くんのデザインもシャープで当時としては、あか抜けててよかったしね。」
という。
キャラクター設計、作画監督の小松原一男は「現実に近づけるように、パン
タロンとか長髪とか、当時の流行に合わせたりしてたんですよ。イメージとし
ては西城秀樹を狙った部分もあったんです。原作からはイメージが離れちゃい
ましたが(微笑)、アニメーターサイドである程度、自由に描かせてもらいま
したね。」と述べている。
『となりのたまげ太くん』(1974/4/5~NTV)スタジオ・ゼロ
Art.14541参照。
『昆虫物語新みなしごハッチ』(1974/4/5~MBS)竜の子プロ
名作『みなしごハッチ』の続編。蜂とフジテレビの8から、ハッチと名付け
られたが、放送のキー局は毎日放送(関東ではNET)へと変更された。母を
失いハッチが文字どおり、みなしごになる冒頭が物語るように前作よりも悲劇
度は増している。ハッチの一人旅を中心とした前作に対し、本作では妹アーヤ
を加えて若干少女向きのストーリーが加味された。『デメタン』終了後だった
こともあり、演出や作画的な部分はかなりレベルが高いものに仕上がったが、
視聴率的には健闘せず全26話で終了した。
『星の子チョビン』(1974/4/5~TBS)渡辺企画
石森章太郎原作。テレビ企画として考えられ、原作漫画は「少女フレンド」
'74年14号~27号にテレビとほぼ同時進行で掲載された。
アニメ制作はスタジオ・ゼロが担当、鈴木伸一が監修をした。
人気歌手だった天地真理がナレーションをつとめ話題となった。
『ゲッターロボ』の勝田プロデューサーが、「観てる子どもたちのために」と
言ってるけど、最近のアニメって、こういう考えが欠落していると思います。
子どものことを考慮してアニメを作って、子どもが見て面白い作品になれば、
大人が見たって面白いと思んだけど…。
『アイアンジャイアント』なんかホントに子どもたちに見て欲しいよね~☆
21世紀まで、あと241日 高木志郎アオ