#210 Article 14643 Posted at 2000/04/05 07:01:34 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TV]
Subject: Re:*11 1972 /14642 .... /14620 /14619
'71年スタートの『仮面ライダー』のヒットで、キャラクター商品化は巨大
な市場に成長し東映の版権収入は月に億を超えた。『鉄人28号』から6~7年
『ジャイアントロボ』から3年、そろそろまた巨大ロボットものが流行る時期
だ。『ジャイアントロボ』は実写のため赤字を出したが今度はアニメで勝負。
東映動画企画室長の有賀健は永井豪と組んで、新しいロボットアニメの企画を
練った。
永井はロボットものに乗り気で、「車のようにロボットが操縦できたら?」
と、少年がオートバイで走ってきてジャンプしロボットの頭にドッキングする
アイデアを考え出した。しかし、渡邊亮徳はオートバイでは『仮面ライダー』
そのものだと反対。ホバーパイルダーの設定が生まれた。
東映動画ロックアウトの時期で大泉スタジオは閉鎖、非組合員の課長職待遇
以上でなければ参加できない状況で、有賀のもと、横山賢二プロデューサー、
演出の芹川有吾、勝田稔男、勝間田具治、白根徳重、美術の辻忠直ら少数精鋭
のメンバーで制作が開始された。
『マジンガーZ』(1972/12/3~フジ)東映動画
世界征服を目論む天才科学者ドクターヘル(CV:富田耕生)は古代ミケーネの
遺跡から発掘したバードスの巨人を機械獣に改造、日本を狙う。かつてヘルと
共にバードス島を探検してヘルの野望を知っていた兜十蔵博士は、ヘルの手下
あしゅら男爵(柴田秀勝&北浜晴子)に率いる鉄仮面軍団に襲撃され、博士の孫
兜甲児(石丸博也)とシロー(沢田和子)は祖父が遺したマジンガーZと出会う。
甲児はマジンガーZを操り、光子力研究所の弓博士(八奈見乗児)の娘弓さやか
(松島トモ子→松島みのり→江川菜子、現在の太地琴恵)が乗るアフロダイAと
共にヘルの野望に挑む。
渡邊亮徳は『子連れ狼』の小池一雄(現在の一夫)と銀座のクラブで飲んで
いる時、小池が作曲家の吉田正から電話で催促されて、とっさに「♪しとしと
ぴっちゃん」という出だしが浮かんだという裏話を聞き、即座に『マジンガー
Z』の作詞を依頼した。
「♪人の命は 尽きるとも 不滅の力 マジンガーZ」
この『Zのテーマ』は当初主題歌として作られ、渡辺宙明は得意の“2-6
抜き短音階”を使って作編曲の技を見せたが、渡邊亮徳はパンチが弱いという
理由で挿入歌にした。この挿入歌は劇中でマジンガーZ出動シーンに用いられ
主題歌に優るとも劣らない人気を集めた。
'73年7月、ポピーのジャンボマシンダーが発売。このポリプロピレン製の
マジンガーZは全高30センチ以上、キングサイズの怪獣人形を超える高さで、
子どもたちに「♪強いんだ 大きいんだ」というコンセプトを実感させた。
ジャンボマシンダーの大きさに対し、質感をコンセプトとする超合金の発売
は'73年末で、材質は亜鉛合金で劇中の「超合金Z」に材をとったネーミング
と重さが魅力だった。翌'74年2月にジェットスクランダー付きが発売され、
全国に広く流布。ロケットパンチ(正確にはアイアンカッター)をなくした子
も多かった。
この当時、私は小学校高学年から中学でしたから玩具では遊びませんでした
が小さい子が持っているのを見て、ちょっとうらやましかったです。
21世紀まで、あと271日 高木志郎アオ