#210 Article 14638 Posted at 2000/04/02 07:00:57 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TV]

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東映の大川博社長は1971年8月に死去した。
 '64年に東映動画社長に就任して『どうぶつ宝島』などを手がけた山梨稔は
「当時でも劇場用アニメを1本つくるのには約1億5千万円ぐらいかかるのに、
東映の営業サイドで出せるのはせいぜい5千万円ぐらいが限度だというのです。
これではとうてい、まともな作品はつくれません。そこで私は、会社機構を無
視するかたちでしたが、大川社長に直接交渉いたしました。当時、東映はヤク
ザものとかがヒットしておりましたから、1年に1本ぐらい子どものために奉
仕するつもりで、1億円ばかり投げ出してもらいたい。とまあ、ヤミ取引きと
いっちゃあ言葉が悪いが、大川さんの英断で、1億5千万円ずつ出してもらえ
ることになり、年1本はこうした後世に残るような作品をつくりつづけること
ができたわけです。」と述べており、大川は採算を度外視しても良いアニメを
作ろうという姿勢を持っていたようだ。
 宮崎駿が「私が一番残念に思ったのは、東映動画スタジオがものをつくる場
所ではなくなってしまったことです。私が昭和38年に入社して、これが最後の
社員ということで、実に8年間にわたって一人も後続がなく、新人を続けてい
たということです。これでは空気がよどんでしまいます。」と'71年東映動画
を退社してAプロに移ったように、もちろん大川社長の頃から問題はあったが
東映動画に決定的な事態が起こったのは大川没後の1972年だった。
 '72年6月に東映動画社長に就任した登石雋一は人員整理と制作縮小による
経営合理化案を打ちだした。7月7日希望退職者の募集を開始した会社に対し
東映動画労組は職場集会と団交を繰り返して、ついに8月3日、会社側による
ロックアウト(臨時休業)が断行された。この事態は5ヵ月弱にわたって続き
その間に100余名のスタッフが去っていった。12月26日に営業が再開されて、
なんとか争議は収拾されたが、東映動画は多くの優秀な人材を失った。

『夏休み 東映まんがまつり へんしん大会』(1972/7/16)
『魔犬ライナー0011変身せよ!』東映動画
『仮面ライダー対じごく大使』東映
『変身忍者 嵐』東映
『超人バロム・1』東映
『魔法使いチャッピー』東映動画
『国松さまのお通りだい』虫プロ
 変身ブーム全盛の夏休み、東映は“へんしん大会”と銘打ち、新作の『魔犬
ライナー0011変身せよ!』『仮面ライダー対じごく大使』とテレビ作品の変身
ヒーローものを集めて興行した。
 笹川ひろしが「少年キング」創刊号から連載した漫画をアニメ化した『魔犬
ライナー…』は、テレビ作品の影響を受けた劇画調のキャラになった。笹川は
「原作というより原案を提供したものです。中味にはいろいろ変更もあり、で
きあがったものを見たときには、やっぱり自分の感じとは違うなあと思いまし
た。内容には全然タッチしておりませんでしたから、アニメ製作者としての私
より、マンガ家・笹川ひろしとしての関係でした。」と述べている。劇場版の
東映長編動画の作画は社内の作画スタッフが手がけていたが、この作品の公開
直後ロックアウトが行なわれ、以降は外注プロが手がけるようになる。
 劇場版『仮面ライダー』第2弾の『対じごく大使』では怪人ジャガーマン、
サイギャングの率いるオートバイ部隊、セミミンガのショッカー騎馬隊が登場
し、展開を盛り上げた。

『夏休み 東宝チャンピオンまつり』(1972/7/22)
『ゴジラ・エビラ・モスラ南海の大決闘』(リバイバル)東宝
『赤胴鈴之助』東京ムービー
『ミラーマン 生きかえった恐竜アロザ』円谷プロ
『かしの木モック ぼくはなかない』竜の子プロ
『天才バカボン 別れはつらいものなのだ』東京ムービー

『冬休み 東宝チャンピオンまつり』(1972/12/17)
『ゴジラ電撃大作戦』(『怪獣総進撃』改題改訂)東宝
『怪獣大奮戦 ダイゴロウ対ゴリアス』東宝、円谷プロ
『パンダ・コパンダ』東京ムービー
 円谷プロの創立10周年を記念して製作された『ダイゴロウ』は、テレビ番組
『快獣ブースカ』等の流れを汲むファンタスティックな怪獣コメディで、三波
伸介、犬塚弘ら喜劇陣をからませて描いた怪獣映画の快作。人間に飼育されて
成長した大喰いの怪獣ダイゴロウと、飼育係の青年や子どもたちとの心温まる
交流を中心に、宇宙から来襲した大星獣ゴリアスとの対決を描いた。
 '72年9月29日、田中角栄首相は周恩来中国首相と日中共同声明に調印して
国交を樹立し、11月5日、動物親善大使として日本に来たランランとカンカン
の2頭のジャイアントパンダが上野動物園で一般公開され、パンダ舎には長蛇
の列ができ、パンダは大人気を博した。パンダブームにのって翌月公開された
『パンダ・コパンダ』は、前年『長靴下のピッピ』アニメ化の準備をしていた
Aプロの高畑勲、宮崎駿、小田部羊一が、企画が潰れた『ピッピ』への情熱を
注いで作った。パパンダのキャラは、宮崎の『となりのトトロ』の大トトロを
ほうふつとさせ、笑う表情や動作、女の子とのふれあいなど『トトロ』の原点
であることは確かであろう。

 アニメ制作にはお金がかかるわけですが、東映の大川博社長も虫プロの手塚
先生同様、損得抜きでアニメを作ってたような印象があります。先駆者たちが
そんなだから、現在でもアニメ関係者は貧乏で不遇なのだという批判もあると
思いますけど、結局アニメが好きだったんだろうな~って思うと嫌いにはなれ
ません。で、東映動画は人材を失うことになるわけですが、東映を出た人々が
後にいろいろな会社で活躍することを思うと感慨深いものがあります。
                        21世紀まで、あと274日   高木志郎アオ