#210 Article 14547 Posted at 2000/02/22 06:43:24 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TV]
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ピープロは秋玲二の学習漫画を原作にしたSFコメディ『クラブ君の冒険』
という特撮テレビ番組のパイロット版を1965年3月に完成し、その権利を得た
東急エージェンシーがフジテレビに持っていくと更にグレードアップした企画
を要求された。しかも『クラブ君…』は白黒作品だったが、カラー作品である
ことが条件とされた。
当時はアニメ『鉄腕アトム』がまだ絶大な人気を誇っており東急は手塚治虫
の原作ものでいこうとピープロに話を持ち込む。虫プロを設立した手塚は原則
として自分の原作は自社で製作するという方針をとっていたため、テレビ化権
を得るのは困難だったが、鷺巣富雄は漫画家仲間の宴会で話を持ちかけ口説き
落としたという。アニメ全盛の中で特撮ものに最初は戸惑っていたスポンサー
のロッテも『ウルトラQ』のヒットでゴーサインを出した。
こうして実写ヒーロー番組としては日本最初のカラー作品が放映されろこと
になった。『ウルトラマン』より1週間早い登場だった。
ゴア(大平透)「私の名はゴア。地球の征服者だ。」
村上マモル(江木俊夫)「マグマ大使~!」
『マグマ大使』(1966/7/4~フジ)東急エージェンシー、ピープロ
大資本の東急がバックアップしたことにより、第1話はカラーということも
あり当時破格の700万円もの製作費がかけられ、リアルなアニメ合成の多用、
熱帯植物を持ち込んだ前世紀のセット、凝った造形の恐竜など、豪華な作りに
なっている。恐竜は1話にしか登場しない予定だったが、もったいないという
ことでオープニングの冒頭に毎回登場する他、改造も無しに流用して別の怪獣
アロンとして再登場させてしまうあたりがピープロの凄いところであろう。
放映枠は月曜夜7時半、ロッテ提供の『W3』の後番組となったが、同番組
は元々日曜夜7時に放映されながら裏番組『ウルトラQ』に視聴率を奪われ、
この枠に移動させられていた。『ウルトラQ』のヒットにより製作が決まった
『マグマ大使』がその後番組というのは皮肉な話である。
ゴアは、人間モドキによる心理攻撃などをする冷酷非情な悪役で、声だけで
なく、ぬいぐるみにも入った大平透の演技により、名キャラクターとなった。
『ウルトラQ空想科学シリーズ ウルトラマン』(1966/7/17~TBS)円谷プロ
半年分の放送ストックを制作終了した『ウルトラQ』のカラー化延長制作に
当たって内容の検討を行ない、WOO→ベムラー→レッドマンと二転三転後、
ウルトラマンに決定した。
M78星雲からやって来た身長40メートルの宇宙人は、当時の子どもに強烈な
インパクトを与えて大ヒットし、その後ウルトラマンシリーズは連綿と続いて
いくことになる。
『快獣ブースカ』(1966/11/9~NTV)東宝、円谷プロ
“怪獣ブーム”で人気の怪獣を“快獣”という可愛いマスコットの主役に設定
した特撮テレビ映画。
'60年代中期に勃興した『オバケのQ太郎』『おそ松くん』『丸出だめ夫』
『忍者ハットリくん』などの子ども向き日常シチュエーション・コメディ漫画
のテレビ化の成功を検討した日本テレビと円谷プロは、愉快な快獣をからめた
子どもの日常生活を描いた。当時の日本は昭和元禄と呼ばれた高度経済成長期
で、人々が良くも悪しくも欧米型の垢抜けたライフスタイルに馴染んでいった
時期で、『ブースカ』には古風なガキ大将もいたが、教育ママに虐げられた子
や寂しいカギっ子たちが登場するようになった。
この番組で脚本家デビューした市川森一は近所に身近にいる友だちのような
ヒーロー・ブースカを独特のペーソスで描き上げた。
本格的な特撮ヒーローの登場です。
『ウルトラマン』なんて今でも見はじめると、つい見入ってしまいます。
『快獣ブースカ』の最終回は宇宙旅行に行って20年後帰ってくるという話で、
ブースカは'84年劇場映画『アニメちゃん』に登場したけど、30年以上たった
去年、三たび登場するとは思いませんでした。でも『ブースカブースカ』って
良い話が多くて優等生すぎる感じがします。
21世紀まで、あと314日 高木志郎アオ