#210 Article 14518 Posted at 2000/02/01 07:18:52 by 高木志郎アオ (MAP3887) [NINGYOU]
Subject: Re:*34 20世紀 /14516 .......... /14463 /14452
日本初の人形アニメーションは戦前J・Oスタヂオの市川崑が作ったとか、
同じくJ・Oの田中喜次演出『かぐや姫』(1935)の一部が人形アニメで、円谷
英二が政岡憲三と組んで作ったとか伝えられているが、作品が残されていない
ため詳細は不明。
今につながる人形アニメの種をまいたのは、1952年中国から引き揚げて来た
持永只仁である。持永は帰国後、飯沢匡の人形芸術プロダクションに参加し、
独自に開発した人形アニメのノウハウを川本喜八郎らに伝えた。
初期のテレビのコマーシャルフィルムは、未熟な技術、タレントの不慣れ、
低予算など悪条件が重なって実写はふるわず、線画あるいは人形によるアニメ
が愛用され、様々なキャラクターが工夫された。人形芸術プロダクションは、
シバプロダクションと変わり、人形アニメCMを一手に引き受けた。そして、
ミツワ石鹸(日本サンホーム)の「ワ、ワ、ワ、ワが三つ」(1954~)など傑出
したCMを作った。
持永は電通と提携して自分の作品を作りはじめ、『瓜子姫とあまのじゃく』
(1956)を完成させた。以後、川本の協力も得て児童向け人形アニメを連作し、
『ちびくろさんぼのとらたいじ』(1956)はバンクーバー国際映画祭で最優秀賞
を受賞、これを見た米国ビデオクラフト社から合作の打診を受けた。ビ社から
発注されたテレビシリーズ人形アニメ『ピノキオの新冒険』(5分130本)を
製作消化するため、持永は1961年MOMプロダクションを設立した。スタッフ
120名の大スタジオで、この中には岡本忠成らもいた。
『シスコン王子』(1963/12/20~フジ)
人形アニメによるテレビシリーズ。MOMプロ出身者で構成されたスタジオ
KAIが制作を担当。MOMプロの『ピノキオの新冒険』と、2本立てで放送
された。シスコ製菓のイメージキャラクター・シスコン坊やをモデルに、藤子
不二雄が原作漫画の連載およびテレビ用のシノプシスを作ったが、制作コスト
等の問題で15話で終了した。
私は人形アニメに関しては素人で、1月22日の上映会の話と本で読んだ知識
だけで書いたので、フォローお願いします。>gijiさん&しゃくてぃ さん
円谷英二は『キングコング』(1933)の影響を受け『ゴジラ』を製作する際も
コマ撮りを考え、妥協して着ぐるみにしたようだし、J・O時代に人形アニメ
を撮ったのは事実だと思います。円谷さんは、晩年『かぐや姫』のリメイクを
考えていたそうですが、それだけ思い入れのある作品だったのでしょう。
『シスコン王子』はFFランドの漫画は見たけど、番組は記憶にありません。
人形アニメって、セルアニメと違って作業を分担できないから、毎週放映する
のは、すごく大変だったんでしょうね。
結局私が覚えてるのはミツワ石鹸のCMくらいかな?
21世紀まで、あと335日 高木志郎アオ