#210 Article 14503 Posted at 2000/01/23 07:06:01 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TOEI]

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東映動画は毎年1本の劇場用長編アニメを作りだしていった。

 その劇場用第3作が手塚治虫のアニメ初仕事だった。
『西遊記』(1960/8/14)藪下泰司、手塚治虫、白川大作演出
 手塚治虫の『ぼくの孫悟空』を原作として、絵コンテも手塚自身が描いた。
この時、助手として手塚が連れてきたのが石森章太郎と月岡貞夫である。月岡
はアニメが性にあい、そのまま東映動画にいついてしまった。
 手塚は『西遊記』を悲劇にするつもりだったが、ストーリーやキャラクター
は大幅に変わってしまった。

『安寿と厨子王丸』(1961/7/19)藪下泰司、芹川有吾演出
 本格的時代絵巻としての格調を出すため、山田五十鈴をはじめ豪華メンバー
によって大がかりなライブアクション撮影が行なわれた。声の出演者とライブ
アクション出演者は、それぞれ同じ役で出演し、キャラクターの作成にはその
出演者がモデルとなった。
 ただ、潮健児はチョイ役の船頭の声をアテてるのに、彼らの親分の山岡太夫
というキャラの顔が潮の似顔になっている。声は別人がアテているが、原画の
担当者が潮の悪役顔を気に入って、本来の役どころより一段上の、山岡太夫に
キャスティングしたのだろうと思われる。ショッカー幹部地獄大使こと潮健児
の面目躍如といえよう。

『アラビアンナイト シンドバッドの冒険』(1962/7/21)藪下泰司、黒田昌郎演出
 手塚治虫とドクトル・マンボウ北杜夫を構成者として海を舞台にした活劇を
作ろうとしたが、手塚の絵コンテとはまるで別の物になってしまい、労使間の
紛争などの要因も重なり、散漫な印象の作品となった。

 手塚治虫先生は漫画の連載を持ちつつ、東映に通ってアニメ制作に関わった
わけで、漫画が〆切の時など遅刻して怒られたりしたそうです。漫画と違って
アニメは集団作業なわけで、人間関係の難しさを感じたみたいです。手塚先生
はこの体験を契機に虫プロ設立へと向かうことになるわけですね。

                        21世紀まで、あと344日   高木志郎アオ