#210 Article 14484 Posted at 2000/01/13 06:52:39 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TEZUKA]
Subject: Re:*14 20世紀 /14482 ..... /14463 /14452
1945(昭和20)年4月、焼け野原の大阪で『桃太郎・海の神兵』を観た一人の
学生が「日本もこういうアニメーションができるようになったんだ」と感動し
「いつかこんな映画を作ろう!」と思った。若き日の手塚治虫である。
1945年 終戦
1946年 デビュー作『マアチャンの日記帳』
1947年 『新宝島』版を重ね40万部を売りつくす
1948年 『ロスト・ワールド〈前世紀〉』刊行
1949年 『メトロポリス〈大都会〉』
1950年 『漫画大学』
『ジャングル大帝』連載開始
1951年 『来るべき世界』
『アトム大使』連載、翌年から『鉄腕アトム』として長期連載
1952年 仕事場を東京に移し、新宿区四谷に下宿
『ぼくのそんごくう』連載開始
1953年 豊島区椎名町のトキワ荘に引っ越す
『リボンの騎士』連載開始
1954年 雑司が谷の並木ハウスに引っ越す
『火の鳥』黎明編
手塚のアニメ狂いは本格的で、『バンビ』(1952)のロードショーでは100回
以上観たという。その後リバイバルされたので総計130回以上観たそうだ。
しかし、手塚がアニメの製作に関わるのは東映動画の『西遊記』(1960)から
である。後に手塚治虫は「ほんとうはマンガはアニメーションをつくる資金を
稼ぐための一つの便法だったんです。ところが逆にマンガが主体になってしま
いました」と述べている。
戦争が終わり、手塚治虫先生が登場しました。
もしも、この人がいなかったら現在のようにMANGAとANIMEがあふれることは
なく、日本の歴史は大きく変わっていたでしょうね。
手塚先生がアニメを手がけるのは、ちょっと先のことですが、後にアニメ化
される作品の原作はこの時期から描かれています。よく手塚漫画は映画的だと
いわれるけど、やっぱりアニメ化を狙ってたのかな。
21世紀まで、あと354日 高木志郎アオ