#194 Article 1591 Posted at 1996/01/08 19:04:41 by ヨウメイ (MAP2597) [NO.13]

Subject: Re:*10 使徒、侵入 /1587 .... /1464 /1439

>  ・・・・こんなもんでいかがでしょーか?(おそるおそる(^_^;)) KYOGO

 あいや、なんかそんな風に「おそるおそる」されても困ります~。純粋に
あのような苦言を呈されている、KYOGOさんの持ってらっしゃる御意見というか
演出に対する基準のようなものに興味があっただけなんすから。ですから、こんな
御親切な長文のレスを頂いて大変感謝しています_(__)_

 余談ですが、この間パソ通の常識を書いた本を立ち読みしたら、「有名アクティブ
の人に馴れ馴れしくまとわりつくのはパソ通における困ったちゃんのパターンの
一つである」みたいなことが書いてあって、これってまさにそれですよね~(笑)。

 それでレスを拝読させていただいて、KYOGOさんの御意見は良くわかりました。
確かにそのような演出を用いていれば、もっとリツコさんのキャラクターが深まり
話が印象深くなったことについては納得しますです。

 ですが(^^;)、あえてエヴァについて擁護させてもらうなら、そのような
エピソードを描く手法を、少なくともあの場合のリツコさんについては意図的に
やらなかったのではないかと私は勝手に思っています。

 それじゃぁ、ミサトさんの南極の話は何かと言われるかもしれませんが、あれは
セカンドインパクトに関するイメージ、情報を視聴者に提示するためであって、
演出の定石として、ミサトがシンジに父親との関係を説明しているところで、
南極のあのシーンを挿入することをあえてしなかったのもそのためでは
ないかと(苦しい)。

 なぜエピソードを描く手法をエヴァは積極的に取っていないのではないかと
考えるかと言うと、ミサトやシンジを始めとする登場人物のヘッジホッグズジレンマ、
他者とのコミュニケーション不全がこの作品のテーマの一つである訳ですよね。
そして彼らの変化を描くのがエヴァの目的のひとつである、とマンガ版のエヴァに
寄せた文章で庵野さんはおっしゃっています。

 ならば庵野さんはこの作品で、彼らが物語の中の現実においてなしうる
行動(コミュニケーション)のみが、彼らを取り巻く精神的に孤立した情況を
変化させることができるのだという事、そしてそれは現実世界に生きている私達に
とっても同じであるのだという事を示したいのではないかと私は考えます。
それ故にミサトの中にある父親に対する感情やリツコの母親に対する感情に関しても、
あえて本人のみが知るエピソードを使い、物語の中での対話の相手を飛び越えて
視聴者に直接語りかけることを避け、彼女達がそれを伝えたいと思う相手
とのコミュニケーションにおいてのみで変化させることができた
状況(二者関係や相互認識)を客観的に描写しているのだ、と私は考えています。

 私達が自分というものを誰かに伝えるときにも、頼ることの出来るのは結局は
言語と仕草や表情などの非言語的なものだけであって、私達が過去の記憶をそのまま
相手に見せることが出来ないように、庵野さんはおのれの演出の手段が限定され、
視聴者にとっては不親切になるにも関らず、ミサト達に対してもエピソードという
形での視聴者とのコミュニケートを許していないのではないかと思います。物語で
ありながら劇的であることを避けて、ミサトやリツコが語りかけている相手と同じ
立場で視聴者も彼女達を受け止める事を要求されているのではないかと思います。

 この作品には、登場人物の対人関係についての場面に関しては、映像作品としての
演出方法はなるべく使わず、現実に近い状況に彼らと視聴者とを置き、その
コミュニケーションを描こうという上記のような意図があるのではないかと。
たとえその対話が視聴者レベルにおいてもキャラクターレベルにおいても納得できる
ものでないとしても、所詮それが現実に即したコミュニケーションの限界である
という透徹した視点があるようにすら思えます。

(じゃあ、「奇跡の価値は」で泣いているシンジの映像がフラッシュバック
されるのは何故だと言われると反論できないのですが。ヨワヨワ~(^^;))

 以上はあくまで私の推測であって、エピソードが効果的に使われていないのは、
単純に演出をする人の癖であり、KYOGOさんのおっしゃるところのガイナ作品の
欠点である可能性はかなり大きいと思いますし、物語としての欠点であるはずの
ものを、この作品の監督自身も認める成り立ちの特殊性ゆえに(サントラの
ライナーノーツは読んでらっしゃいますよね?)、私が錯覚して好意的に解釈した
公算もかなりあると思います。

 ですが、私自身もシンジのように他者とのコミュニケートが苦手であることも
あいまって、もしエヴァが私の想像したスタンスで描かれた作品であり、この作品が
私のような人間に対する「逃げちゃだめだ」という庵野さんからのメッセージで
あるならば、エヴァが終わった時に自分の中の何かを変化させるきっかけを
得ることが出来るかもしれないという漠然とした期待を寄せているのです。

 これって説得力のある擁護になっているでしょうか?(おそるおそる(^_^;))
                              ヨウメイ