#150 Article 1004 Posted at 1995/02/01 19:13:18 by PAZ (MAP2562) [NO.48]
Subject: Re: Re: Re: さよなら勇太 /985 /984 /982
内容が濃かったです。 「今度は我々人類が心というものを見つめ直す時期なのかも知れん」 そうですね。そうだと思います。 この番組は、最初の頃の「せいあさん話」「綾子さん話」を見た時から、 機械の心も、人間の心も、そしてその間の触れ合いも大切にしている、 他とはちょっと違う番組だと思っていました。 人間と機械を越えた「心」を描いてきた番組だと言えると思います。 (描き切れていたかどうかは別問題ですが・・・) ただ、それならばなぜ、フォルツォイク親子を悪のままにしておいたのか? 最初は僕も疑問に思いましたが、あることを考えて納得をしました。 この番組で描かれたものは、次の3つの関係なのではないかと思います。 1:心があって善 - 2:心があって悪 \ / 3:心がない 勇太の立場は1であり、フォルツォイク親子は2、 デッカード達は3→1、チーフテンは3→2(→1) という立場で描かれてきたと思います。 また、ハイジャス人は、やがて2によってもたらされる危機に対し、 3による解決を目指そうとしていました。 3を迫るハイジャス人に対し、勇太達は1&2の世界を選択します。 その選択に対して、当然勇太達(番組を見ていた我々全員も含んでいる?)は 責任を負っていかなくてはなりません。 ハイジャス人の指摘した危機は過ぎ去ったわけではなく、 勇太達が2と戦うことによって回避していかなければならないのです。 結局、最終回だからといってこれらの危機と戦いに目をつぶるのではなく、 勇太達の選択によって2の立場は消えることがなかったこと、 また、将来に渡っても責任があることを フォルツォイク親子の行動によって印象付けたかったのではないかと思います。 このことを考えた時、僕は、フォルツォイク親子が最後まで 善の心を持ち得なかったことにも納得がいったのです。 さらに、1&2に対立する形で3の存在を描くためには ハイジャス人のあの行動も必要だったのかなー、とか思っています。 心を描く以上は、善の心のみを描いては片手落ちになってしまいます。 そこまで考えると、心を描こうとしてきた番組としては、 非常に良くできた最終回だったと思います。 ・・・とか思ったんですが、いかがでしょう?(^_^;) PAZ ps. 1度デッカードを連れて行こうとした展開は、よくわかりません(^_^;)