#139 Article 77 Posted at 1993/05/26 23:54:32 by SAWA (MAP2029) [TEIGI]
Subject: Re:*13 アニメーションとは何ぞや(^^;) /45 ..... /13 /11
いつもながら間が開いたレスです。
今回は 本当に浦島レスになりました(笑)。
> しかし(私の思う)一般的了解事項として、アニメーションは「コマ撮り」
> (SAWAさんのアーティクルにある《仮現運動》)が第一の要件ではないでしょうか?
> ならば当然(コマ撮りでなく実際に操る)人形劇はアニメーションではなく、
> それを撮影した映画もアニメーションではない…と、
まず仮現運動についての補足ですが
この間読んだ本*1 に仮現運動の成立条件が書かれてましたので引用します。
(問題あるようでしたら削除指示お願いします > Sys.Op.さま)
仮現運動の成立条件
===============================
a 二つの刺激のそれぞれが呈示されている時間
b 二つの刺激の間の時間
c 刺激の明るさと性質
d 二つの刺激の間の空間的距離
e 観察の方法(両眼視か単眼視か)
f 網膜上の位置(中央か周辺か)
このうちa~dは、最適運動のためのコルテの法則を形づくる。
===============================
「刺激」という言葉は
「画像(もしくは画像として映っている対象)」ということですね。
Cの「質」は 例えば林檎と赤い鞠を他の条件を満たすように呈示したとしても
林檎から鞠へ そのままメタモするわけではない ということですね。
Dは動画のタップのズレなんか考えるとよくわかります。
E,Fは検討がつきません。
コルテの法則ってなんでしょ?(そのうち調べておきます)
それはともかく、
その本によると仮現運動(のうち我々が問題にしている部分)は
「キネマ運動」と呼ばれ、「映画」が動いて見える理屈なんだそうです。
つまり、仮現運動を以てアニメーションを定義しようとすると
「映画=アニメーション」となります(「振り出しに戻る」ですね ^^;)。
それでいくと、人形劇を撮影した映画は?
仮現運動でなくてはアニメーションではないという点には同感です。
仮現運動を絡める場合、仮現運動+アルファで考えなくてはならないんでしょうね。
> ふと思うに、アニメーションの定義は
> 「実際には《その様には》動いてはいない物を、
> 《その様に》動いている様に見せる手法」…ではどうでしょう??
以前NHKかどこかの番組で チャップリンの喜劇映画について
なぜおもしろいかを分析していました。
その中で初期の映画独特のコマ落し的な動きが
おもしろさのひとつの要因であることを言っていました。
チャップリンは通常映画に分類されます。
自分で言っておいてなんなんですが
「植物の発芽等の微速度撮影」をアニメーションに分類すると
チャップリンはアニメキャラってことになるかも?(笑)
ところで以前とある人と話していたことですが、
アニメーションの定義を考える場合に
「撮影技術としてのアニメーション」と「視覚現象としてのアニメーション」に
分ける必要があると思います。
前者の場合には 薮下氏のように対象をフィルムに絞って構わないわけで、
「特殊撮影の一種でありコマ単位の処理でその視覚効果を得るもの」
程度の言い方は出来ると思います(定義と言うには穴だらけですが ^^;)。
「作者の意図」の世界であり、作り手側の業界用語です。
後者の場合には 今度は受け手の側の問題になります。
放送終了後のTV画面「砂の嵐」は(私には)動いて見えますが、
あんなもの「作者」など存在しません。
また Art.41でKYOGOさんが紹介された「秘技・加速装置」も
(見たこと無い (;_;) だれかMMMでやって)
そこには いわゆる「コマ」などというものは存在しません。
あるいは「モモコ」の問題(笑)
こちらを考える際には「仮現運動」とか アニメーションに対する思い込みとか
そういったことが問題になります。
そして われわれ受け手が オリジナルとして「わかる」のは
「作者の意図」ではなくて、この「受け手側の知覚・認識」です。
ASIFA、薮下氏等も含めて(当然 私自身も含めて)、
「実写映画」「アニメーション」という表現手段の区分を
受け手側の問題として あるいは作り手側と両方同時に考えようとするから
話が難しくなるのかもしれませんね・・・といまさらながら (^^;)
--------でもま そうしないとあまりに無味乾燥ね の SAWA
*1: 松下正巳著「映画機械学序説」 新書館 \2,060