#139 Article 158 Posted at 1994/01/30 01:16:42 by TOSHI (MAP2425) [MEDIA]

Subject: Re:*40 リトルツインズ /156 ............ /686(#15) /685(#15)

結局のところ、ISAMさんは自覚してらっしゃらなかったのでは?

  作品の価値基準を「面白さ」のみに求めると限定していながら、実際に、
  その「面白さ」の運用にあたっては、適応範囲を広く求める、というのは、
  最初から、志向として矛盾しているのですからね。
  だから、具体的に「面白さ」の内実を問えば、まったく広くも何ともない、
  という矛盾を露呈してしまうのでしょう。

  そんなことで、「感動」とやらを討つことができるとお考えとは、聡明な
  ISAMさんとも思えません。

  これで、僕の話は終わりです。
  僕はISAMさんの考えはおかしいのでは、矛盾しているのでは、と指摘
  できればいいのであって、それ以上はありません。
  ですから、僕への問いは、今後の僕の課題とさせていただきます。
    TOSHI

  ……と、まあこれで終わるのもシャクなので、少しだけ。

  僕は、「創作」というのを、大雑把にしか捉えていません。

  人間は、「解釈」しなければ、生きて行けません。
  これは別段幻想ではなくて、脳科学的な、あるいは心理学的な事実です。
  例えば、先天的な盲人が手術によって視力を得ることがあります。ですが、
  彼らはすぐに「見える」ようになるわけではありません。なぜなら、何を
  どう見たらいいのか、わからないからです。つまり僕らが「見える」のは
  世界を「解釈」しているからなのです。そしてヒトはこうした「解釈」を
  もっと高次のレベルでも行なっていると考えられます。

  幾人かは、その解釈を、何かの形で表に出すことでしょう。それを別の人
  が受け取って解釈するとき、ある人はそこに何か「意味」を見出すかもし
  れません。そういった「関係」の中にこそ、創作があると僕は考えます。

  だからこそ、人は時としてMENUにすら何かを感じたりするのでしょう。
  それを嘲笑うISAMさんは、創作に対してやはり何か貧しいと思います。
  それこそ近代的な作品幻想、いえ、もっと狭くハリウッド的な作品幻想に
  縛られているのではないでしょうか。それは、作品解釈を歪めませんか?
  そして作品解釈を歪めるのはISAMさんにとって悪なのでは?