#139 Article 156 Posted at 1993/12/29 02:06:50 by ISAM (MAP1129) [MEDIA]
Subject: Re:*39 リトルツインズ /155 ........... /686(#15) /685(#15)
結局、僕はTOSHIさんの言っていることはすごくよくわかってしまいますよ。 わかってしまうがゆえにつまらないですね。 つまり、ある種の神話を自身の中で維持しつづけたいわけです。 それは「創作」に関する神話で、ようするにそういったものを人間の空しい生の中心 として夢みたいわけでしょ。 よく言われることですが、「創作」の価値というのは資本主義経済の発達してきた過 程で育まれてきたもので、それは近代でしかありえない発想なのです。よって、最も進歩した資本主義的創作制度ともいえるハリウッド映画というのは、最もシステム化された創作の価格体系といえるのではないでしょうか? これを事実として仮定したとしましょう。 しかし、これを「ゆえに貧しい」と結論づけるのは誰がみても早急すぎます。 そこには「創作」こそは、人間の根源的な価値観であり貨幣経済などに左右されるべ きではないといったような、ハリウッド的というか近代的というか、ものごとに早急か つ安易に結論をつけてしまう類の自身が極めて商品的な価値を持つ神話しか存在してい ないからです。 自身がハリウッドを貧しいときめつけながらも、そうすることによって極めてハリウ ッドエンターテイメント的ともいえる近代的神話を信仰してしまう・・・この程度のパ ラドクスは様々な人物が、様々な方法でもって語り続けているきわめてありがちで凡庸 なたとえ話にかすぎません。 つまり貧しいとは比喩的にはこのようなことを言うのだと思います。 僕はTOSHIさんがこのような状況にさえ自照的でないのは、とてもよくわかってしま うがゆえに、つまらないのです。 確かに、我々は近代的ヒューマニズムの枠内にしか存在しえないわけですから、こう いった陳腐さに容易につかまり、正しい理屈としてそれを理解し、微かに感動さえ憶え てしまっていたりしますが、しかしそういった枠内からさえも「作品」というものにに じりよるような意志が必要なのではないでしょうか? それについてはどうお考えでしょうか? この問を、今回の議論を通じての唯一のTOSHIさんへの質問ということにしておきま しょう。 ISAM