#139 Article 132 Posted at 1993/10/22 21:32:28 by ISAM (MAP1129) [MEDIA]

Subject: Re:*19 リトルツインズ /131 ...... /686(#15) /685(#15)

まあ、人間やドラマが描けていればよい、描けていなければ「ダメ」ということはな
いでしょうね。
 基本的に、この話の元々の引きは人間やらドラマが描けていない「感動」はダメとい
う感動についてでですから。
 ナディアボードだったかの過去の書込みをたどれば、たしかそういった言及があった
ような気がするのですけれど。
 例えば「2001年宇宙の旅」なんてえのは、映画市場に残るケッ作だそうですけれど、
所謂、人間もドラマも描いていない・・・というか描きたくもないわけですけれど、あ
る種の感動をある種の人間に与えることができたし、無神論者が作った映画なのに、神
とかがみえそうになってしまったりして、ほとんど「野望にあふれるわがままな美意識
」てなもんすね。

 ミラクル☆ガールの1、2話ってのは「わがまま」ではなくて「なすがまま」ですね
。元々おかしいシナリオと矛先の狂った演出が奏でだす、奇妙なイメージなんでしょう
が、それを可能性とみる悠長は私にはありません。
 M☆Gの現状ってのは僕は知りませんが、打ち切りにでもなりました?
 M☆Gに関しては、一話の感想の段階から言っているようにおかしくなる可能性は外
因的ではなくて内包されていたんですよ。
 ネットの人の大半が望むもくそもないもんでしょう(アンケートとってみました?)
。

>「面白い」って価値観を否定してるわけでもなければ、それ以上の
>ものがある、といってるわけでもありません。そんな言葉に一元化
>するのは危険だし、狭い意味で使われやすいって思ってるだけです。

 って、僕が言っていることにほとんど同意したも同じなんじゃないでしょうか。


 2.に関しては、僕にはたしかにある種の固定観念がある。
 それを簡単に説明すると、「感動」という言葉にはある種の自己完結的な欺瞞性をも
っているというと思うのです。
 つまに人間というのは感動している自分に感動することが容易にできる。
 感動というのは精神の働きとしては、権威主義的な地位を与えられていて、例えば物
ごとに、「よく感動する人」というのはあるニュアンスを持って語られます。
 面白いというはむしろ、ずっと一過性でしょう。
 感動というものの実体が、過去の作品をみて感動している自分という記憶であること
はよくあると思うのです。
 面白さというのは、作品に対する単なる評価ですから。

                                ISAM