#13 Article 9775 Posted at 1995/03/21 19:53:48 by WAK (MAP5274) [SYNTAX]

Subject: Re:*20 タイトル… /9766 ....... /16414(#148) /16322(#148)

Art 9766  MSP-Iris さん
> ここまではWAKさんと同じですね。

 そうですね。そして、そのあとについても「どういう活用に何が付いてどう
いう働きをする」というレベルの文法知識についてはさほど差が無いような気
がします。
 私が言いたいのは、活用の発生まで逆上って考えればこういう答えもある、
という事なんです。つまり、
> それを実現するために「いる」を付加し、そのために「咲く」が連用形に変
> 化する、と考えています。
となると、ではなぜ「いる」を付けるのか、そもそも連用形とは何者なのか、
なぜ発生したのか、という疑問が出てくるんですね、私の頭は。で、こういう
観点から書いてみようとしたんです。
 膠着語の活用というのは、端的な言い方になりますけれど、語尾として何か
を付け加えることである訳です。で、形容詞の発生については、語尾「ク」や
「シク」の抽出が現代でも比較的容易で、実例としては非常に解りやすいので
すが、動詞になると結構未解決の問題があって難しいです。それでも、活用の
発生については、現在までの研究を土台にして、ここまではとりあえず説明で
きる、そう受け取っていただければ、と思います。

>  WAKさんの意見は、「先に連用形があり」それを言い切りの形にする
> ために「いるを付加する」ということなのでしょうか? しかし、それは
> 先に文法ありき、になってしまうのではないでしょうか。

 いえ、違います。私が言いたいのは、先に-iを語尾とした名詞的用法があっ
て、そこに助動詞等がぶら下がって連用形としての展開が始まった、というこ
とです。
 因みに、行為に関するカタカナ外来語を日本語の動詞同様に扱うこと(「デ
モる」とか)が可能なのも、この辺と関連付ければ、きれいに解けるのではな
いかと見ています。
 なお、現在で言うところの「連用形」の活用語尾で終えたまま(つまり、助
動詞とか補助動詞の類を付けずに、ということです)、終止や命令を表わす用
法が古典に散見されます。

 余談ですが、先程触れたカタカナ外来語の使い方を、「若者の言葉の乱れ」
としか捉えられない連中は、結局のところ、膠着語としての日本語の性質を解
っていない奴等だと思っています。<「余談」じゃなくて「予断」だったりし
て(^^ゞ

>  それから、終止形が持続であるのならば、過去における持続(動作)が
> 連用形利用によって表せることは、どう説明出来るのでしょうか。

 「過去」とはいっても、日本語のそれは、話し手の回想なんです。元々日本
語に於ける時間の扱いは、印欧語の「過去→現在→未来」というような秩序だ
ったものでなくて、話し手の主観の中でどうなっているかを表現しているんで
す(ですから、私が「時制」と言ったのも、本来なら不適当なんです。スイマ
セン)。未来についても同様で、未来完了や「遠い未来、近い未来」なるもの
はなく、推量による未来表現の形をとるわけです。そして、推量とその確実度
とか、回想とその確実度を決定すべく、助動詞の類が活用語尾にぶら下がるワ
ケです。
 ですから、過去に於ける持続についても、話し手の記憶に関する確信の度合
を決定する語を付ければ、それでいいんです。というか、連用形は、名詞形か
ら始まって、こういう使われ方をする方向に展開してきたと、そう考えれば、
ほぼ間違いないと確信しています。

> 連用形も一つの変化形式と考えるべきだと思うのですが。

 ちなみに私は、終止形から発展とは考えません。かって存在した語幹に-uや
-iといった語尾を加えたものが、現在終止形や連用形といわれるものに発展し
て来たと考えています。ただし、現在使われているモノに限って活用の分析を
考えるならば、MSP-Irisさんのお作りになった表は極めて妥当だと思います。

                            WAK(MAP5274)