#13 Article 9761 Posted at 1995/03/18 00:15:42 by WAK (MAP5274) [SYNTAX]

Subject: Re:*15 タイトル… /9756 ..... /16414(#148) /16322(#148)

Art 9756  かくた  さん
>  で、……WAKさんきちんと読んだの? これ。問題の動詞の活用につい
>ての説明もWAKさんの説明とえらい違うよ。

 と来たんで「ドキッ」となったんですが、

>  時枝は五十音図でも母音にヤユヨワを含めるべきだと考えています。実際
>           (すいません。中略します)
> 書いてもなんらおかしくないはずです。しかしその場合、「思お」を活用形
> と見なして「ー」を助動詞と見るのは無理があります。

 はい、お答えしますね。先ず、時枝のこの論は非常に面白いのですが、特殊
なんです。一般的ではないんです。ですから、この後の各論では、基本という
か、基盤になるところは従来の研究の上にのっかって解説を進めています。
 それから、
> すげー先進的な考え
と、かくた さんがお書きになっている内容は、あくまで、「表記即発音」と
言う考えで国語改革をやるならば、そこまでやらねば非合理だ、ということな
んです。「先進的な考え」じゃ、ないんです。ほんとは、時枝はイヤなんです
よ。あの「国語改革」が。
 因みに、「改革」支持者が半数を占めた国語審議会は、仮名文字論者、ロー
マ字論者、漢字廃止論者などといった連中と、後は体制に順応する委員がほと
んどで、山口青邨の新仮名反対論は黙殺され、時枝誠記は愛想を尽かして退会
し、舟橋聖一ただ一人が、審議会の独走を防ぐべく残った、といういきさつが
あります。
 とにかく、国語改革論者は、「歴史的仮名遣い」については色々言いますけ
ど、「現代仮名遣い」の矛盾には頬かぶりし、「矛盾はあっても良いものは良
い」と、概ねそういう態度をとりつづけてきたんです。そういう姿勢に対する
時枝の批判でもあるんです。あの文章は。

 「発音即表記」でやってご覧なさい。発音が文字を規制するわけですから、
「思う」は今や「オモオー」どころか「オモー」ですよ。未然形+打消の助動
詞である「思わない」なんか、今では[w]が脱落しかけちゃっていて、別に「オ
モアナイ」と表記したって現実の発音からさほど離れていないはずです。
 で、かくた さんが参照した『第一章 総論』(そうですよね)の中で、時枝
はこうも書いています。

「表音的記載法は、どこまでも音声現象の記載であるから、その記載が常に必
しも文法的事実をそこに反映してゐるとは限らない。あたかも、美的鑑賞の立
場から仕立てられた服が、人間の五体の生理的状況を反映してゐないのと同じ
である。かくて、動詞と意志表現との結合した「おもおう」という語句から、
記載のままに活用を抽出することは困難なのである。」(漢字は新字体に改め
ました)

>  ここで時枝の見出した解決策は、MSP-Irisさんがはからずも指摘しておら
> れる「音便」なのです。

 時枝は、なんとか、破綻しないように音便と助動詞の関係を成立させ得まし
たが、これは時枝誠記だから出来たようなもので、本来なら、解決のために音
便を持ちだせばよいというのでは、順序が逆です。
 国語改革賛成派の文化人の中に中国文学者の吉川幸次郎がいたのですが、彼
は著書(『かなづかい論-一古典学者の発言-』1951年)の中でこう書いてい
ます。

「行きてが、い音便で行いてとなり、行かむが、う音便で行かうとなった…」
  ~~                ~~              ~~                ~~
このように、発音をそのまま表記し得る特徴に添って日本語は発達してきた、
というのが吉川の論なんですが、これはどう考えてもおかしいんです。
 「行きて」が音便で変化するとすれば、促音便で「行って」となる、と説明
すべきですし、「ユカム」が「ユカウ」になるのは、う音便とは言いません。

 国語改革論者のなかでも優れた主張を展開し得た吉川ですら、こうやってし
まうんです。だいいち、言語という体系だったものを変更するに当たって、や
たらと「音便で解決」とか言い立てるのは、問題をとりあえず解決しておけば
いいと言う、極めて不合理かつ無責任な考え方ではないかと思います。

>  しかし、この考え方は合理的ではありますが、はっきりいって子供に教え
> るのには無理があります。時枝自身も本書の冒頭で「中学校低学年に文法を
> 教えるべきではない」と書いてます。

 違います。これは時枝や橋本進吉(という学者がいたんです)の持論なんです
が、文法も含めて、国語教科そのものを国民生活に密着したものと位置付け、
文法に関しては、「生徒の言語的経験を自覚的にし、確実にするといふ実用的
見地に於いて課せられるといふことが望ましい」(日本文法 口語編より引用)
としているんです。

 そうそう、それからですね、
>  時枝は五十音図でも母音にヤユヨワを含めるべきだと考えています。実際
> これは母音と考えたほうが合理的なわけですよね。
なんですが、かくた さんは何故「合理的」とお考えになったんですか?時枝
が、あの五十音図を作るに当たっては、「国語を純然たる表音主義によって記
載しようとする場合には」と、いわば但し書きが付いているではないですか。
 現代仮名遣いに批判的な態度をとっていた時枝がこう書いた、その意味を汲
み取らねばならないと思うのですけど、どうでしょう?
 また、こういう五十音図が合理的でいいと言うのであれば、出版された1950
年当時と現在では当然発音の変化はあるワケですから、今また「合理的」な表
を作り直す必要が出てくるのでは?
 また、当時の発音に関する資料を私は持ち得ませんので、何かあるのであれ
ば、ぜひ御教示頂きたいと思います。

 私も正直言って「ちょっと参照」程度の読み方しかしていませんから偉そう
な事は言えた義理ではないのですが、かくた さんともあろう人が、時枝の、
言語に関する思想をここまで読み違えるというのはちょっと信じられないので
すけど。ひょっとして、なにか意図(というか、企み?例えば「国語問題オフ
会」とか?)するものがあるのでしょうか?

>p.p.s. あ、もしかして……WAKさん、音便(おんびん)て習ってないのかな
>……(笑)。

 高等学校で習いました。

                            WAK(MAP5274)