#13 Article 9751 Posted at 1995/03/16 17:44:21 by WAK (MAP5274) [SYNTAX]

Subject: Re:*13 タイトル… /9747 ..... /16414(#148) /16322(#148)

Art 9747  MSP-Iris さん
> 「路」は単独では「ち」という読みはないので「いえじ」。

 うーん。漢字の「路」の方が後に当てられたもので、元は「チ」だったんで
す。元々「チ」は、道とか、道を通っていくという古語でして、そもそも「ミ
チ(道)」も「ミ+チ」という合成なんです。「ミ」は、元々接頭語でして神の
ものを表わします。「チマタ(巷)」も「チ(道)+マタ(股)」なんです。で、私
が挙げた例については、連濁であるか否かという事例を、過去に一度たりとも
文部省は示していないんです。従って、どっちで書いたら良いのか解らないと
いう、現実の生活の中での混乱があるんです。
 パソコンを使う限りは、日本語FEP任せなんで楽ですけど、手書きの場合は結構判断に苦しんでいます。

 一回、文部省に電話で聞いたことがあります。さんざんたらい回しの挙句、
「どっちだっていいじゃないか」「迷ったら、ジで書け」という、およそ根拠
もへったくりもない回答だったんです。

> 「稲妻」はこれで一語。決して稲を妻にもらうわけでない。(^.^;

 これも、古形はイネ+ツマなんです。ツマというのは、「はらむ」という意
味があり、「イナヅマ」は、しきりに雷雨があった後に収穫期を迎えるという
農耕民族からみた気象観と考えられています。現在使われている「妻」の用法
は、逆に古形から応用というか、転用されるようになったものです。古典を読
むと、鎌倉・室町以降ですか、現在の用法で「ツマ」が多く出るようになるの
は。

>  語源的にはともかく、今の用法では「頷く」は一語。決して「うな」を
> 突くわけではない(しつこい?(^^;)。で、「うなずく」。

 現在でも、ウナを突きますよ。「うなじ」って言いますよね。首をウナとい
うんです。
 ツメ、ツマサキ、ツク、とくれば何を言いたいのか恐らくお判りかと思いま
すが、ツマヅクも、ツマ(ツメ)+ツクなんです。
 このように、言葉の関連を失わず、複合語を作り得る。これも日本語の特徴
なんです。ちなみに古形と書きましたが、そんなに古いことではないんです。
せいぜい万葉まで逆上れば、かなりの単語が二音節ほどに解析できます。
 それらの関連を、現代仮名遣いによって断ち切っちゃうのは、それぞれの言
葉の意味を曖昧にしてしまうと思うんです。

 ラテン語という古典から断ち切られている英米人は悲惨です。造語は古いギ
リシャ語やラテン語に頼りつつ、普段はそういう古典から断ち切られているか
ら、俗ラテンを直接の祖語とするイタリア、スペイン、フランス辺りに比べる
と、相当の学識経験者でも、ちょっと専門外の言葉になるとお手あげです。
 一方、造語を日常語に拠るドイツ人は、人による知識の偏りが、非常に小さ
いようです。ドイツが技術立国たり得る理由は、ここにもあると私は考えてい
ます。
 専門用語などの「高級語彙」ですらそうなのであれば、基本語彙同士の関連
を結果的に断ち切るのは、日本語にとって非常に危険なのではないかと思いま
す。

>  学問的な側面を離れて、見た目の使い易さを追求したものと思われます。

 国語改革が実行されたのは戦後ですが、もとは戦前の、文部省国語課を中心
とする国語改良策なんです。戦前の日本人は、異様に言語能力が低かったんで
すが、言語能力を低いまま、文字の能力を高めようとしたんです。工作機械の
取説は読める、けれど余計なことは言わない工員を、衛兵日誌をつけられ、兵
器の取説も読める、けど余計な事は考えない兵隊を、カルテや処方箋は読める
けど、それ以外の事は口にしない看護婦を、そういう国家の要求を満たそうと
する政策だったんです。で、精神の自由は必要ないから、別に古典と断ち切ろ
うがなんだろうが、文部省も含めて頓着なかったんです。

 戦後、アメリカ占領軍の勧告もあって、とうとう戦前に用意された形の国語
改革(つまり、現代の日本語表記)が行われたのですが、これも当初は日本語の
ローマ字化という、とんでもない目標があったりしたワケです。

 それから、見た目の使い易さというのは、陰に学問的な蓄積がないと、不可
能なのではないでしょうか。歴史的仮名遣いの「歴史的」である由縁は、日本
で文字が本格的に使われるようになって以降、千何百年にもわたる経験と研究
の蓄積によって成立してきたと、そういうことでもあるんです。
 それを、戦前からの文部官僚と、前近代的な言語を使うから戦争なんか始め
るんだ、と考えたアメリカ占領軍、そして、戦後の解放気分で浮かれた「文化
人」、この三者が結託して一気に行なったような国語改革が、使い易いとか、
合理的であるとか、とても私には思えないのです。

     早い話が、仮名遣いに対するこだわりなんです。>WAK(MAP5274)