#13 Article 9631 Posted at 1995/02/14 12:45:08 by WAK (MAP5274) [Q]

Subject: Re: Re: Re: TOSHI 先生に質問! /9622 /9608 /9601

Art 9622 西形きみかず さん
>WAK さんには、かくた 氏のおっしゃることとは少しズレますが、
>「(人名)主義」という単語を、なぜ嫌うのかを質問しましょう。

 以下、問いへの答え。(順不同)

1)どんなに著作から感銘をうけても、自分は自分、所詮著者のコピーにはなれ
 ない。

2)人それぞれ、影響は受けても、その結果としての思想はその人のモノである
 筈で、それはそれで尊重すべきだ。他の人名を以って代用するなど失礼。代
 用されるほうにも、代用に使われる人名を持つ人に対しても。

3)十把ひとからげは嫌い。人それぞれを、確立した個人と見なす方が、人付き
 合いも楽しいし…。

4)「〇〇(人名)主義者」を他人に対して使うヤツは、〇〇が何を書いたかに無
 頓着というのを多く見てきた。

5)自分の馬鹿さ加減を棚上げするとき、「〇〇(人名)主義者」を自称する連中
 を結構見てきたから、生理的に嫌い。

6)さらに、そういう連中を批判する方も、馬鹿さ加減を批判すべきところを、
 「〇〇(人名)主義者」であることを批判する連中ばかりで、やっぱりこちら
 も馬鹿揃いというのを見て、ますます嫌になった。

7)だいたい、私が過去に見てきた「〇〇(人名)主義者」を自称するヤツのほと
 んどは、〇〇の書いた(あるいは言った)言葉を、自分の知っている範囲内で
 オウム返しに唱えるだけ。その場合、前後関係が省略されているから、時に
 は言葉同士が矛盾することもあるが、頓着ナシ。

8)「〇〇(人名)主義者」を名乗るヤツのほとんどは、「〇〇はこう言った」で
 思考がストップしていて、そのクセ偉そうなヤツばかりだから、嫌い。

9)「〇〇(人名)主義者」は、話の大筋とは関係なく、突然「〇〇(人名)がどう
 の」「××性がああだ」と話を始めるヤツが多いから嫌い。

 で、以上の事をいうと、「ステレオタイプだ」「教条的だ」などと、いきな
り人の「経験則」を否定するような発言に及ぶような連中が多いのも、「〇〇
(人名)主義者」を名乗る連中に見受けられます。オマケに、「どうしてそう
なるの?」と聞かれても、話をはぐらかすヤツラが多いので、なおのこと嫌い
です。

 都合のいいときばかり〇〇(人名)を引用するのも、連中の特徴と言えば特徴
でしょうか。

 こういう奴等は、えてして、「教条性」の意味も考えず、あるパターンを頭
の中で構築し、人がそれにあてはまると「教条的だ」と攻撃します。どっちが
教条的なんでしょうねぇ(笑)。

 だいたい、漢語というのは、視覚印象で意味が汲み取れちゃうという、それ
は素晴らしい特徴があります。でもそれは、同時に欠点でもあるんです。字面
を見れば、なんかそれだけで意味が解っちゃうような気になりますし、使う方
もそれに惑わされて、自分でも何書いてんだか解らなくなっちゃう。戦中使わ
れた「時局語」も、現在のサヨク用語も、その点似たようなもんです。「国体
朝憲新体制聖戦翼賛国民精神総動員転進玉砕神州護持焦土決戦驀直進前安保粉
砕日帝打倒」なんて、字面の印象が強烈で、威勢はとにかくいいけど、さて、
これらの意味が解りますか?全て解るという人がいたら、私はそれだけで尊敬
しちゃいますね。

 私ですか?解りません。

 わざと冗談めかして使うならともかく、「〇〇性」「〇〇論」「〇〇主義」
も、この際似たようなモノ。意味もロクすっぽ示さず(示せず?)に使う人は信
用ならぬというか、「この人、ホントに意味が解って使っているのかな」と思
っちゃいます。
 まぁ、「人権」あたりなら、なんとか見当がつけられる位の文明の中にいま
すが、「〇〇(人名)主義」とか「教条性」あたりになると、もはや観念的に見
当をつけるしかありませんし。
 だから逆に、尊敬している人の名を被せて、「〇〇主義者になりたい」なん
て、そんな真似も私にはできません。
 ただ、ism とか主義(者)が、かなり重たい意味を持っていることは知ってい
ます。
 だって、転向って、すごいもの。
 治安維持法の下、ブッ殺しちゃえば早いのに、なぜ体制側は転向を強要した
のか。転向者の、心の傷はいかなるものか。戦後、転向者はどう過ごしたか。
 思うだけで、その重みがヒシヒシと身を取り巻きます。

 石賀修という人がいました。岩波文庫の、『エルサレム第一部』の翻訳者で
あった彼は戦争抵抗者インターナショナル(WRI)の一員で、1943年8月、召集
に先立つ点呼を拒否し、憲兵隊へ自首したのですが、四ヶ月拘留の後、とうと
う節を曲げて「戦争は罪悪とは思いません」と答え、罰金50円で釈放となりま
した。
 その後、彼はどうしたか。1945年に衛生兵として召集され、そのまま敗戦を
迎えた後、節を曲げた事を自覚してか、WRIを脱退、鹿児島のライ病の療養
所に奉仕員として10年間留まったとか。
 浅見仙作も有名ですね。キリスト教徒で内村鑑三の弟子。満州事変以降の日
本のあり方を批判しつづけ、治安維持法で検挙。札幌地裁で懲役3年の判決の
後、即上告、1945年6月に大審院で無罪を勝ち取った人です。
 この二人の事を知ったとき、まず私は何を思ったか。
 「真似できねぇ」と思ったんです(我ながら情けない)。
 私自身、果して石賀のように節を曲げたことを自覚して、きちんと身を処す
ることが出来るのか。あるいは浅見のように、最後まで己の信念を貫きとおせ
るだろうか。ひょっとすると、小林多喜二みたいに殺されるかもしれない…。
 全然自信がありません!
 特にism とか主義なんて言葉を使わなかったこの二人にして、こうなんです。
 とてもそんな真似、できませんよ。根が軟弱ですから。それで、できないな
ら、なおのこと「〇〇主義者」だなんて、最初からいわない方がいいと思った
次第です。

 かって、私の事を「マルクス・レーニン主義者」などと呼んだ馬鹿モノがい
まして、それに対し私は、「それを言うならエンゲルス主義者といえ」と言っ
たことがありました。けど言われたヤツは、それが嫌みだとは気が付いてない
だろうな、と思います。あっ、これは余談。

 だいたい、〇〇に当てはめられる人は、(マルクスでもフロムでもいい、こ
の際)、仮に何かの主義に関して書いたとしても、自分自身を主義にしている
ワケじゃ、ないんですよ。「主義」という語の用法としても不適当だと思いま
す。私は。

 そんなこんなで、逆に、私の事を「しょうがないオバカさんだなぁ」と思い
ながらも色々丁寧に教えてくれる人は大好きです。

 かなりオオザッパになりましたが、以上で答えになりましたでしょうか?質
問ばかりいっちょ前で、何も答えてくれない西形さん。

                   俺もしつこいね。WAK(MAP5274)