#13 Article 9156 Posted at 1994/12/03 05:07:47 by 西形きみかず (MAP3788) [CONSTIT.]

Subject: Re:*10 読売の「改憲試案」について /9143 .... /9093 /9082

MOS さん、レスどうもです。
以下に若干の反論を。

>西形さんは、私の見たところ近代戦とナポレオン戦争
>を区別しようとしておられるようですが、西形さんの
>議論するところだけからすると、両者に区別なんか
>ありません。どうでしょうか?

この部分は誤解です。というのも私はフランス革命時の国民軍をこそ、
「近代的軍隊」のはしりと見ているからです(分かりにくい表現でしたら
申し訳ない)。
別の言い方をしますと、私は近代以降の軍事史をひもとくに、次のような
区分が単純ではありますが、可能と考えております。

 1.フランス革命以前(前近代型軍隊=MOS さんのいう傭兵軍)
 2.フランス革命期~第一次大戦(19世紀型軍隊)
 3.第一次大戦~1980年代(20世紀型軍隊)
 4.湾岸戦争以降

で、徴兵制を必要とするのは上のうち、2と3のタイプであるわけです。
「モダニズム型」といった場合は、兵員の大量動員に注目すればその両者が
含まれますし、火力・物量の大量動員にも注目すれば、3だけになるかと
思います。
そして4のタイプを先取りしたのが、まさにイギリスであったわけです。

>イギリスは島国で国防政策は海軍が中心です。
>そして海軍は陸軍ほど大量の人員を必要としません。
>イギリスの国防政策の基本は、したがって世界一の
>海軍と植民地の維持もしくは大陸での紛争の介入用に
>小数精鋭の陸軍を維持しようというものでした。

このMOS さんの書き込みはまさに、現代の先進諸国の軍隊像そのものでは
ありませんか? つまり(「海軍」以外に)「空軍」ならびに「ハイテク地上
軍」。それを維持するには、大規模な人員は必要とされないわけです。
理由は簡単で、海軍も空軍もハイテク地上軍も、兵員数よりも兵器の方が
強弱を評価する上で意味があるからです。
前、防衛白書か何かで、海軍兵力を兵員数で図っている統計を見て、非常に
不思議に思ったことがあります。もっともトン数や隻数も有効な指標とは
必ずしもいえませんが…。

>徴兵制すなわち大軍というのはちょっと短絡的では
>ありませんか。たとえば戦前の日本は選抜徴兵制を
>とっており、この方式ですと必ずしも巨大な軍隊に
>なるとは限らないわけです。

選抜徴兵制は現在も中国人民解放軍などはこれだと聞いていますが、事実上は
志願兵制として運用されているようですね(12億人の国で徴兵制にしたら、
人が余って余って…人民解放軍は300万、徴兵適齢人口は単純計算ですが
男性のみで3000万)。
私は日本の戦前の制度は「選抜」でない、通常の徴兵制だと考えています。
確かに「甲種」「乙種」「丙種」…なんていう違いはありましたけど、それは
徴兵検査の区分であって、選抜徴兵制とは違う意味でしょう。選抜徴兵制の
場合は、要するに徴兵逃れが簡単にできるわけですから(だから中国人の留学
生がたくさん、日本に来ることもできる)。
なお、私は徴兵制すなわち大軍とは考えませんが、大軍すなわち徴兵制という
論理は可能であると思います(人民解放軍は人口比でみて、大軍とはいえませ
ん。余り知られてませんが、百万以上を擁するインド陸軍も同様です)。

>むしろ徴兵制の最大のメリットは、コストが安いこと
>(W.M.さんのおっしゃるとおり)そして、優秀な人材を
>集められることです。
>ですから軍事的には徴兵制が有効性を失うということなど
>ありえないはずです。純軍事的にはね。

徴兵制が優秀な人材を集められるとは必ずしも思わないのですが…。徴兵され
た者全員が将校となるなら別ですが、実際は兵員として徴兵するわけですから。
コストについても、給与を低く抑えたソ連では、末期に徴兵システムが崩壊し
ましたよね? (現・ロシア軍でもここは崩壊したまんま)
それを別にしても、海軍、空軍、ハイテク地上軍を中心とする軍体系のもとで
は、兵員に兵器システムについての高度の教育(時間、費用…etc.)を与えな
ければ使いものにならないわけです。兵器システムを上回る兵員を抱えても、
私が先ほど挙げた4のタイプの軍隊においては意味がないわけですし。

私は、権力側はそうした軍事の位相転換を見極めた上で、徴兵制の無効性に気
づいた。その結果が「読売試案」だった…と考えるのです。そこにこそ危険性
があります。
ここが TOSHI さんや MOS さんと私で考えの違うところですが、政治は別に他
から独立して存在するわけではなく、経済的などの外的要因によって採用しう
る政策の幅も限定されるわけですから。
MOS さんのいう「おれたちは軍国主義者じゃないんだぁ」と読売が主張してい
る…との考えは、やはり単純すぎるのではないかと思うのですが…。私の思う
に「軍国主義」を超えたところに「真の危機」がある。そう感じてなりません。

MOS さんの2番目のアーティクルについてはちょっと意味・主張が判然としな
い部分が多いのですが…。アメリカ論、戦争論、軍事論をごっちゃにしている
ような。あるいはアフガン戦争が中央アジアの人口の多さを証明していると
いっても、私にはそれは本論にあんまり関係がないように思えます。

>ゲリラ戦というのを何か特殊なもののように考えておられる
>方が多いようですが、ゲリラ戦というのは単なる一つの戦略の
>形でしかなく、今に始まったものでもないですし。それに
>たった一人のゲリラ戦なんて、怖くもなんともないし、ゲリラ戦
>こそ大量動員ですね。

ゲリラ戦は兵員、という上では「大量動員」というわけではないと思います。
MOS さんは多分ご存知だと思いますが、ゲリラを壊滅させるためにはゲリラの
10倍の兵力が必要である、といわれます。つまりいかに少数の兵力で通常の
軍隊を「大量動員」させ、消耗を強いるか(さらには国際世論をどう動員でき
るか)が「ゲリラ戦」で勝利する道だと考えられているのではないでしょうか。
そしてベトナムやアフガンの経験は、ゲリラの根絶がいかに困難であるかを教
えたのであり、それに対して編み出されたのがLICという概念とこれへの対
策であったことは、既に述べました。
ゲリラ戦を「たった一人」と「大量動員」の二つに分ける MOS さんの区分は、
ちょっと乱暴に過ぎませんか?

>今はソ連がコケて、完全なパックス・アメリカーナの時代ですから、
>戦争の形態もある一定の範囲のものしか起こりにくいのは確かですが、
>そんなのパックスブリタニカの時代もそうだったので、それをもって
>「脱・近代戦」ということにはならないでしょう。

しかし、MOS さんの書き込みのこの部分については、かなり同意できる部分が
あったりもするんですね、実は。確かに現在の国際情勢に依っている部分は
私の論の中には大きいかも知れない。
それでも資本主義の発達を考えるに「階級闘争・唯物史観」のマルクスに対し
「世界システム論」のウォーラスティンがいるように、普遍性でなく特殊性に
注目する史観にもそれなりに妥当性があってもいいのではと考えますが、どう
でしょう?  つまり「パックス・アメリカーナ」こそ、次の時代の序曲である、
と…。
あと、また別ですが「戦争の形態もある一定の範囲のものしか起こりにくいの
が確か」ならば、やはり近未来の日本に徴兵制が敷かれる可能性は皆無に近い
ことが、逆に証明されるのではないでしょうか?

先ほどもいいましたが、真の危機は徴兵とは別の所にある、と私は思います。
そしてその時期にありもしない「徴兵の危機」を叫ぶことは、結果として
真の危機から目を外らせてしまうことになる、と私は主張しているわけです。

                                                     西形 公一

*「真の危機」が何であるかは、言いにくいです。でも、もっと社会学的な
 問題であるように思えますし、コミック規制なんかがその一翼ではあるような
 予感は、あります。