#13 Article 9099 Posted at 1994/11/25 09:39:10 by 西形きみかず (MAP3788) [FREE]

Subject: Re:*23 小説版 7巻(完結) /9095 ....... /20252(#126) /20204(#126)

お~いしいよ さん

>……いくら言葉を替えたところで、その言葉を使う人の意識に「差別」があるなら、
>何も変わらない。いや「云い替え」によって、かえって問題が悪化する場合だって
>あるように思う。

>もともと「言葉」は生きているものであって、その生命を吹き込むのは使う人でし
>かありえない。いくら言葉を云い替えたところで、結局、使う人自身の中から差別
>意識をなくさない限りは何事も変わらない。

使う人自身の差別意識。これが問題の根本にあるはずなんですけれど…。しかし
それを目に見える形で示す必要が、現実にはあったりもするのでしょう。そうし
ないと分からない人がいるから…。
それは抗議する側の「成熟度」の問題にもなってきますねぇ。その辺は次のたゆ
きさんへのレスにも絡んで来ますが…。

たゆき さん

>パソ通なら「誰もが抗議し易い」状況にあるのでいいんですけどね(^_^;
>出版物やらなんやらだと抗議したい側もなかなか抗議できない、というか抗議
>してもらう事ができないから困った物です。抗議してもらうことができないって
>ことは、ずっと誤解をされつづけることになるのですから...

う~ん、ここは難しいですね。
現実にはどうも「抗議の仕方」を心得ているような団体があって(プロ的な市民運
動団体とか、少し話は違いますが「えせ同和」とか)、こういう所の意見を出版社
は実によく聞いてしまう。
それが訳の分からない自主規制を招いた面はあるように、私には見えます。

その一方ではやたらと権威主義的な態度を振りかざすところもありますしねぇ?
まぁそういう風に応対される団体は「ナメられている」のでしょう。そうすると
街宣車を繰り出すしかなかったり…。悲しいことに人間、暴力には特に弱いです
から。

双方向的なメディアである…というパソ通の特性は、その意味でも画期的なんでし
ょうね。ここは同意見、賛成です。
マスコミ関係でこれへの関心が強いのも、改めて当たり前かと思います。もっと
我々に近い例を挙げれば、作家さんと直接にやりとりできて、あまつさえ仲良く
もなれるなんて、ひと昔前には考えられなかったでしょうからね。私がやってる
ような運動団体も、同じか…(→と、10/2 の幕張で思った)。

> やはり、最初から誤解されるような書き込みをしないように気を付けるにこした
>ことはないでしょう。あ、これは差別語をつかわないようにしましょうって言うん
>じゃなくて。

う~ん、前にも #130 で、たゆきさんとやりとりした記憶がありますが(違ったら
訂正して下さい)、私とはここが考えの違うところですね。
私は「誤解されるような書き込みをしないよう気を付ける」という言説が広まるこ
とによって、逆に発言する際の敷居が高くなってしまっているんじゃないか、と危
惧するわけです。
敷居が高くなれば、その分だけ発言もできず、結果として抗議もしにくくなるわけ
ですからねぇ…。それでは本末転倒なのではないかと思うのです。

再び近い例を挙げれば、それはパソ通においてROMの人が如何に多いか、という
事実に端的に現れているように思います。自らROMを選択する場合は構わないの
ですが、書き込むと何かいわれるんじゃないか…といった理由の消極的なROMの
人が、やっぱり多いですからねぇ。「自由からの逃走」が非常に端的な形で現れて
いるという。

誤解されるような発言をしてしまい、それに気づいたならば、発言した人は責任を
とるべきだと思います。それは謝罪であったり、さらなる説明であったり、方法は
多岐に渡るでしょう。
そういう覚悟ができていれば、基本的にいかなる発言をしようとも問題はないのだ
と思いますが。
…でもこういう「覚悟」を強調することで、ますます敷居が高くなってしまうの
か(笑)。

						西形 公一

*モトラさんの書き込みへのレスなのに、モトラさんあてのレスが無くて
 申し訳ない。