#13 Article 7899 Posted at 1993/09/21 07:11:08 by KYOGO (MAP2034) [OOSAKA]

Subject: Re: Re: KYOGO 大阪夏紀行 (全3幕) /7898 /7897

KYOGO 大阪夏紀行:そのさん「野鳥園の防波堤の外に夏の海があった」


 気温は34度。雲一つない快晴。最大の誤算は、陽射しをさえぎるものがなにひとつ
ない、ということでした。インテックスから野鳥園に向かう道には、遊歩道がもうけ
られていて、両側に樹を植えた細い道を歩いていけるようになっているのですが、
なんせ太陽は中天、木の真下しか日かげにならない。結局炎天下を太陽にあぶられ
ながら歩くことになる。Tシャツもズボンも汗でぐしょ濡れ、重くなった(^_^;)荷物は
肩に食い込むし、脚の疲れはもう限界を越えて、一歩あるくたびに痛みが走る。
肌の露出部は日光に焼かれて、身体全体が過熱している。いかんこのままでは熱射病で
倒れてしまう。や、野鳥園はまだか・・・
 インテックスから野鳥園まではせいぜい 1.5キロくらい、そのわずかの距離が
こんなに苦しかったのは久しぶりのことでした。これにくらべれば今年の夏コミなんて
ぜんぜんどーってことなかった(^_^;)
 それでもようやく野鳥園に到着。さて、見晴らしの良い所でジュースでも飲んで、
休憩しよう。と思って一歩入ると、そこは、そこはっっっ!
 ご存じの方は大笑いしているのではないかと思いますが、南港野鳥園というところは
ぜんぜん「見晴らしのいいところ」でもなんでもなかったのですね。できるだけ人間の
ジャマが入らないように樹木をたっぷり茂らせた林に、野鳥さまにおいでいただいて、
人間は観察地点で、姿を見せないように細い窓からこっそりのぞくという。
その観察地点に行くまでには、見晴らしなんてぜんぜん効かない林のなかの細い道を、
上り下りして行かねばならないのでした。もうこれ以上歩かずにすむと油断していた
私の身体に、その道は過酷なものでした。
 しかし、観察地点で浴びるように水を飲んで正気を取り戻した私は、あることを
思い出しました。さっき道が公園の北の端(その向こうはすぐ海のはず)をとおり
かかったとき、立入禁止のはずの柵を乗り越えて、公園の外へでようとしていた人が
いたような? 道を引き返しながら、その場所まで行ってみると、たしかに林の中に
定期的に人が通っているらしい踏み分け道が。これは怪しい! で、木の間を通り
抜け、柵を乗り越えて公園の外に出ると・・・おおっ!
 そこは、細い防波堤の上だったのでした。目の前は一面の海。向かいに夢州の埋立地
があり、右側は大阪港を一望できる。防波堤では、日本中どこの海にもいる(^_^;)
釣り人の人たちと、景色を楽しみに来た人たちが、のんびりあるいたり
寝転がったりしている・・・
 おー、これだ。こういう景色を私は見たかったんだ。苦労はしたけど、ここまできて
よかった。私ものんびりとすわりこみ、しばらくぼうっと目の前の景色に
心を洗われたのでした。
 15分ほどそうしていて、さて、そろそろ帰らねば。立ち上がって野鳥園の方に
戻ろうとして、ふっと、防波堤の先端にある灯台に目がとまりました。あの灯台は
野鳥園の北西端に突き出している。あそこまでいけば、さらに西側の海(つまり湾の
外海方向)がみえるのでは? もう歩く距離を増やすのはイヤだ、でもあの灯台までは
せいぜい2~300メートル・・・
 結局そう思いついたが最後、私は行けるとこまで行ってしまうクチなのですね。
ふらふらと灯台の近くまで歩くと、急に西側の視界がぱっと開けて・・・あーーっ!
そこにあったのは、真夏の太陽に照らされて、ぎらぎらと輝く外海! はるか遠く
水平線までなんの障害物もなく、ひたすら濃い水の色に、白い波頭をたくさん浮かべ、
べったりと陽光に輝いてる海!
・・・・そうだ、忘れてた。これが夏の海だったんだ。こんなにぎらぎらして、
こんなに強烈で。なんだってさっきの海なんかで満足してたんだろ。よかった、
2~300メートルをケチらなくてよかった。あやうく、この海を見ずに
夏を過ぎさせてしまうところだった・・・
 防波堤に寝ころんで空を見ると、視界の両端には、ぎらぎら輝く外海と、すこし
おとなしめの湾内の海。遠くに大阪市街と、層になった積雲。空はもうまっさおで、
見ていると、ふっと重力がなくなって空に落下するんじゃないかという恐怖感。
人目も気にせず、焼けたコンクリートの上に大の字に寝ころんで、さらに15分間
くらいの夏を満喫したのでした。ずっと天気も悪く、クーラーの効いた仕事場に
こもりきりだった今年の夏を、一挙に取り戻す15分でした。

 さて20分後、私はニュートラムの駅に向かって、足取りも軽く歩いておりました。
帰りも行きと同じだけの距離があるのだけど、見るべきものをしっかり見たという
感覚は、なんと足取りを軽くするものでしょうか。
 そして、そろそろインテックスにさしかかろうかというころになって、空が急に暗く
なってきました。見ると雷雲が、大阪市街の方からぐんぐん広がってきて、もう
さっきいた灯台のあたりまで日かげになっている。
 うーん、もう20分遅かったら、あの夏は体験できなかったんだなあ・・・

 さて、あとは駅まで歩きさえすれば、もう歩かなくてすむのだ。あと少しだ。
ニュートラムの終点「中ふ頭」駅に近づくにつれ、インテックス方面から歩いてきた
即売会帰りの女の子たちがだんだん合流してきました。そいえば、そろそろ即売会も
退ける時間だな。・・・とそのときは、事の重大さを認識せずにのんきに歩いていると
どんどんと人の密集度が高くなっていき、駅の手前1キロくらいの地点で・・・なんと
ぴたりと止まってしまいました。人がつまってぜんぜん動けなくなったのです。
見ると、駅に渡る長い横断橋が、人でびっしり。どうやら駅のホームが人を収容しきれ
なくなったため、改札制限を行ってるらしい。そしてこの列が、さっぱり進まない!
考えてみりゃ、電車が来て人を乗せて行かないかぎり、進むはずがない。
うーっ、これは思わぬ罠! この、もう1分だって立っていたくないときに!
夏コミで並んだどんな列よりも、ずっと長いぞこれは。
なんで、なんだって私がはじめて南港に来た日にかぎって、COMIC CITY などやってる
のだあああ! と叫びたいところだが、自分もその恩恵がしっかりカバンの中に
入っている状態では、文句のつけようもない・・・
 教訓:インテックスの即売会帰りはニュートラムで詰まる。なんて、次に役に立つの
が何年後になるかわからない教訓を得ている場合じゃない。

 乗ってみるとわかったけど、インテックスの巨大さにくらべニュートラムの輸送力は
あまりに貧弱なのですね。結局住之江公園まで、ポートタウンの景色を眺めるなんて
まったく出来ない状態で、おたくな女の子たちとぎゅーぎゅーの電車に詰め込まれて
棒立ちで来ました。その後大半が四つ橋線に乗り換えたにもかかわらず、四つ橋線は
余裕で座れたということが、ニュートラムの輸送力の弱さを物語っていました。

 荷物を預けていた難波についたころには、もはやSF大会は終わろうとしている
時刻。今から行ってももう間に合わない。私は会場に戻るのをあきらめました。
結局私が本会場にいたのは1日目の終わりの15分間だけ、史上最短の参加時間を
記録してしまいました。
 しかたない、まっすぐ東京に帰るとしよう。難波からなら地下鉄1本で新大阪に
出られる。もう歩かなくてすむんだ。・・・なに、もう歩かなくていい?
・・・ふっふっふ、ということは・・・ここは難波、道頓堀はすぐそこだ。
次にいつ来れるかわからない大阪、いかに脚ががたがたでも、たとえ身体がぼろぼろ
でも、金龍のラーメンと、大たこのたこやきをたべずして、大阪に来たと言える
だろうか。否! だいじょぶだいじょぶ、両方ともすぐ近くだ、なーに難波までもどり
さえすれば、あとは地下鉄1本さ。
 そして私はけたけたと笑いながら、痛む脚をひきずって、夕立の降りだした
道頓堀へと歩いていったのでした。その後難波駅に戻った私を「荷物を預けといた
コインロッカーがどこだかわからなくなった事件」や
「地下鉄は中津止まりだった事件」などの数々の罠が待ち受けているとは、
そのときの私はまったく予想していなかったのでありました。

                             おわり。 KYOGO